オオカミ男の追憶

泣きすぎて目が重たい。いい歳をしてまるで子供のように泣きじゃくってしまった気恥ずかしさとともに体を起こすと、傍には溶けかかった氷の入ったタライが置いてあった。いっそ氷水を頭から被ってしまいたい衝動に駆られたが、病室のベッドを水浸しになんてしたら後で船医が怖い顔をするだろうから止めておく。

「……あと、二十日か」

昨日が下弦の月だったということは、新月、上弦の月を経て満月になるまであと二十日。それまでには少なくとも身の振り方を決めておかねばならない。まさか海のど真ん中で下船する訳にもいかないのだから。



「人を襲うってことは腹が減ってるんだろ?オオカミ化したナマエにでかい肉の塊を投げつけるとか」

ナマエの眠る医務室から離れた食堂にて。集まった赤髪海賊団のクルー達は、口々にあーでもないこーでもないと言葉を交わしていた。たった一人のクルーの憂いも晴らせないようでは海賊などやっている甲斐も無い、というのが満場一致の見解だった。但し、その会議の場にシャンクスだけがいなかった。

「肉かよ!ルゥじゃねぇんだから」

「じゃあどうする。腕一本ずつ抑えとくか?」

「お頭の覇気で気絶させりゃァいいんじゃねぇのか」

「つうか前の船ではどうしてたんだよ。まさかずっとあんな鎖なんかで抑えてたってのか?」

やいやいと意見が飛び交うが、具体的な解決策は見つからないままだった。
 


ナマエとシャンクスがまだロジャー海賊団の見習いだったころのこと。ナマエを拾ってなんだかんだと面倒を見てくれていたレイリーは、ナマエの正体を隠すこともなかったが、敢えて言いふらすこともなかった。ナマエ自身も固く口をつぐんでいた。――――ばれたらどうなるかなんて、嫌でも想像がついたからだ。

けれどその頃はまだナマエも幼くて、完全に隠しきるには未熟すぎた。

「化け物ォ!」

予想通りの、――――本当に、泣きたくなるくらい予想通りの言葉と視線を向けられて、ナマエは震えた。薄れゆく自我の中で、険しい顔のレイリーと、正体を知った船員の引きつった顔、そして、向けられた銃口が瞳に焼き付いた。

レイリーの介入で最悪の事態は免れたが、それは酷くナマエの精神を蝕んだ。自分に傷つく権利はないと知りながら、ナマエは銃口と引きつった仲間の顔を思い出すたびに嘔吐することを止められなかった。

だから。仲間ですら恐怖させてしまう可能性があると知っているから。
ナマエは新しい仲間にも、――――シャンクスにすら、打ち明けることができなかったのだ。



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