たとえばこんな愛の形

 行為中に、ナマエがジンの名を呼ぶことがあった。それは組織に居た頃のただの刷り込み、植え付けであって、決してジンに抱いている感情はそんなものではないと、お互いに承知している。だから、混乱して悲鳴をあげるナマエに、秀一はいつもなら「そうだな、分かっている、お前があの男を憎んでいることくらい」などと言って優しく同意してやるのに、今回は突き放した。昴の変装をしている時だったというのもひとつの要因かもしれない。双子が互いにあまりにも複雑な感情を抱いているのは今更だったが。

「ジン、酒の名前ですね。こんな場面で他の男の名を呼ぶなんて…あなたの心を占めているのはその人なのですね?」

「ちが…っ、なに、いって…違うことくらい、お前――――分かってるだろ!?」

「…本当に?あなたはその人のことをどこかで愛しているのではないですか?」

「ちがっ…違う!ちがう!ちがうっ!…ちがうから、もう、お願いだ、殺してくれ、っ、ちがうんだ……ちがう……っ……そんなんじゃない、そんなんじゃないんだ…」

 耐えきれずにナマエが泣きじゃくり、恐慌状態になって過呼吸に陥ったところで。ようやく昴の加虐は止んだ。そこからは昴はまるで別人のように優しくなり、顎を押さえてナマエの口に舌を滑り込ませ、彼女が絶望のあまり自分の舌を噛んでしまわないよう優しく塞いだ。
 変声機のスイッチを切り、いつもの口調で「…悪かった」と囁く。ナマエは更に泣きじゃくった。しかし今度は安堵の涙だ。

「最低、きちく、ひとでなし…っ!このバカ兄貴!!」

「悪かった、やりすぎた。許してくれ」

「…っ、ゆるさ、ない…っ!せきにんをとれ…っ」

 ようやく体の力を抜き、安心しきって秀一の体に縋りついたナマエに謝りながら、秀一は宥めるようにその背を軽くたたき、頭を撫でた。

「あにきの、くせに、いもうと、泣かすなっ!」

 ぼろぼろと泣きながら秀一の首元に頭をこすりつけてくる妹に、ふっと笑みがこぼれる。たまには追いつめるのも悪くないかもしれない。こんな素直な言葉を聞いたのは一体いつぶりだろうか。

「ああ、悪かった。…まぁ毎度結局鳴かせてはしまうがな」

 その体をゆっくり押し倒し、途中で思い出して、傍に放り投げられていた服を手に取る。ナマエは“治療”の時に秀一が裸でいることを好まないので。しかしその手を他ならぬナマエが止めた。

「も、いいから」

「…だが、嫌だろう?」

「うるさい、いいと言っている」

「……」

「……それに、たまには人肌に触れるのも悪くない」

 秀一は無言で服を放って、再びナマエを抱きしめた。何をするでもなく、しばらくただ抱き合って、互いの体温を感じる。ひとつの卵からふたつになった片割れを確かめるように。

 二人の間にあるのは性愛でも恋愛でもあってはいけない。その関係性を形作る感情の名として、強いて許される名前があるとすれば家族愛で、それにセックスが伴ってしまっているのはやむをえぬ事情というもの。二人はお互いにそれをよく知っていた。
 それでも、こんな日もある。恋人のように互いの温もりを求める日というのも。



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