恋にも性にもよらぬ愛

「…お前、俺を妹として見てるのか、女として見てるのか、どっちだ?」

 交わった後、珍しく気を飛ばさなかった彼女と酒を飲んでいる時だった。そんなことを尋ねられたのは。酔っていなければ出ない質問だ。彼女は意識があるうちは本気で秀一を憎んでいるようにしかふるまわないから、こんな風に無意味な質問を穏やかに投げかけてきたりなどしない。

「…お前はどうなんだ。俺を男としてか、兄としてか、どちらで見ている?」

「うるさい。俺が先に聞いたんだ」

 からん、と酒の中の氷が解けてひとまわりする。色からしてロックで飲んでいるらしい。さっきまではサイダーで割っていたのに。もうだいぶ酔いが回ったか。

「そうだな……生物学上はどちらも正しいだろう?特にどうとも思ったことはないが」

「…………俺はお前が嫌いだ。なあ知ってるか、きょうだいで交わらせないよう遺伝子は近しい遺伝子を持つ身内の体臭に生理的嫌悪を付随させるんだ。あるいは血が近くならないよう、動物社会では片方の性は追い出される。ライオンみたいに。………遺伝子が遠いもの同士が惹かれあうとはよく言うが、逆だってありうるってことだ。…まあ、人間の場合、HLA遺伝子の作用は思春期が過ぎれば収まるらしいが、その頃植え付けらえた嫌悪感が払しょくされずに残るのも、何も不思議はない」

 内容は小難しいことを言っているが、ナマエの視線は胡乱で、口調は少しずつ拙くなっている。秀一は、長い睫毛を伏せて喋り続ける妹をじっくり観察しながら、ゆっくり自分のグラスを傾けた。

 しばらくの沈黙が二人の間におりた。ふとナマエが顔を上げて秀一の方を見た。

「…………お前が兄じゃなければ、きっと俺はお前を尊敬したし、好きだった」

 やっとのことで吐き出された彼女の声は、緊張して震えていた。いつになく言葉は素直なのに、視線は意識が明確なときのように鋭く秀一を睨み付けている。
 兄は愉快な気分でグラスを傾ける。

「…………何で、何も言わないんだ」

「ん?あぁ……何だ、まだ酔いきってないのか。そんなことを言うならもう酔いきったかと思ったが」

「どういう意味だ?」

 こちらを睨み付ける妹に、兄は笑った。確かに、いつもよりまだ視線が鋭い。

「そんな台詞は、酔ったお前からなら飽きるほど聞いているからな。」

「は…?」

 理性を飛ばした後、漏れ出る彼女の本音なら今まで幾度も聞いている。もっと熱烈で直接的な言葉を言われたこともある。理性が飛んでいない状態で言われるのは初めてだったが。

「お前が俺を愛していることくらい知っているよ」

「なっ………」

 一瞬でナマエの頬が紅潮した。羞恥にか、怒りにか。

「ふざけるな!!誰が…っ、俺は“もしも”の話をしたんだ、現実は違う!ありえない!」

「ああ、そうだな、悪かった」

「…っ、馬鹿にしてるのか!?違うと言っているだろう!」

「だから分かったと言っているだろう」

 この分では、行為が終わった後はいつも“愛してる”だなんて甘ったるい言葉を自分が吐いていると知ったら発狂するに違いない、そう思うと秀一の顔にはまた笑みが浮かんで、それがよりいっそうナマエを苛立たせるのだった。

「…この、クソ兄貴が」

「全く、憎たらしいくらい可愛い妹だよ」

 二人を結ぶ絆が、家族愛、あるいは兄妹愛でしかないことが、酷くナマエを安心させるのも、もういつものことだった。恋や性を伴う愛はたやすく全てを崩壊させる。だから二人は、辛うじて二人をつなぎとめる、血縁というつながりに縋っているだけのこと。少なくとも、名目や建前の上では。

 これは恋愛でも性愛でもないのだから。



戻る
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -