夜魔ノ国

 ちりん と 鈴の音がするたび、黒鋼は辺りの気配を探るようになっていた。ここへ来る前、透明人間は確かに黒鋼とファイの傍にいた。モコナたちの傍にいるのなら まだいい。しかしそうでなければ誰もあいつを見つけられない。
 戦場に出るたび、街に出るたび、黒鋼は鈴の音に耳を澄まし続けた。

 そして。街に下りていた時の事だった。

 ちりん

 鈴の音。微かだが、なじみのある響き。今度のは、ただの鈴の音ではない。黒鋼はそう確信していた。

「とうめい…ナマエっ!居るのか!返事をしろ!」

 馬をおりて地に足をつけ、大声で叫んだ。こちらから見つけることはできなくても、せめてあいつからこちらを見つけて 傍に居てくれれば と。
 ファイも状況を察し、目を閉じて辺りの気配を探った。心の中で、何度も名を呼ぶ。

   ちりん
       ちりん
   ちりん


 鈴の音が響く。強く呼び合えば呼び合うほど、互いを強く感じられるよう。

―――ファイ―――黒鋼―――!”

「…聴こえた」

 ファイはすっと目を開けた。黒鋼に伝えようとすると、黒鋼も同じ方向を見ているのに気が付いた。袖を引いて視線を合わせると、黒鋼は心得たように肯いた。
 目を凝らし、耳を澄ます。そしてようやく、鈴を見つける。

「………猫?」

 違う言語で、黒鋼とファイは同時に呟いた。そして顔を見合わせる。鈴は、猫の首にあった。そんなはずはない。ただの鈴では無かった。これは確かにあの透明人間の鈴だ。もの問いたげな黒鋼の視線に、ファイは鋭い視線を返すことで答えた。そしてその猫に触れ――
 ようとすると、猫はひらりと身をかわして逃げた。

「あっ」

 今度もまた黒鋼とファイとで言葉が被る。言語は違うがお互いに意味は分かっていた。

「待て!」

 追いかけようとすると、猫から紙切れがひらりと落ちた。黒鋼はそのまま猫を追いかけ、ファイがその紙片を拾った。

“ファイ
  ここにいる 動けない 来て 
                ナマエ”

 見覚えのある筆跡、たどたどしい文法。ファイはようやく笑った。紙片の裏には簡単な地図が描かれていた。



「…なんでてめぇの方が先に着いてやがる」

 その路地裏に辿り着いた時、黒鋼は思わずぼやいた。通じないのは分かっていても。そしてファイも、通じていないくせに得意げにへらりと笑って手を振ってみせた。その傍には、“居る”と強く意識すると、透明人間の姿がぼんやりと浮かび上がった。いつもならもっと明確な位置が分からないと見えないのに。恐らく初めて、本当に、心の底から“見つけられたい”と願ったのだろう。
 透明人間は、うずくまっていた。その傍に猫がすり寄る。黒鋼はこつんと透明人間の頭を小突いた。確かな感覚がある。
 ファイの方を見ると、ファイは小さな紙片をひらひらと振った。奪い取って見てみると、いつも自分の国の字と共に書かれるファイの国の文字が並び、裏にはここを示す地図。よくよく辺りを見回すと同じような紙片がいくつも散らばっている。猫の首に巻かれているリボンの隙間に挟み込んであるのも同じものだ。そうやって町中に散らばしたのだろう。

“ごめんなさい 動けなくて 

それと 黒鋼の言葉 こちらの言葉 似ていたから 面倒 いけないと 書かなかった 
だけど 二人なら 見つける 信じた 怖かった ありがとう”
 目の前ですらすらと文字が現れる。多少感情が昂っているのだろう、並べ立てられた言葉はいつもよりも少し荒く、いつもよりも少し素直だった。
 言葉が一種類だったのは まあいい。どうせファイの国の言葉にも見慣れて来ていたので黒鋼の目にも留まっただろうし、これを見つければファイに見せて結局はメッセージの意図は理解できていただろうから。確かにこの国の言葉は黒鋼の国の言葉に似ているし、変な人間に目を付けられても困る。しかし、動けないと言うのは一体どういうことか。

「…怪我でもしたか」

 地べたに座っている透明人間に声を掛ける。しかし返事はない。モコナがいないせいで、書けはするが話したり聞いたりはできないということだろうか。黒鋼はペンを奪った。

“無事か”

 そして返事を寄越せと言わんばかりに即座に透明人間にペンを返す。ペンはしばらくして動き出した。

“書いたら 黒鋼 怒る”

 その言いぐさが既に黒鋼にとっては怒る理由になるが、心底怒られるのを怯えているような透明人間の様子に、黒鋼は怒鳴りかけていた口を手で覆い、口元を隠した。

 ―――叱られるのを怖がるガキか てめぇは。

 不覚にも頬の筋肉を緩めてしまった黒鋼に、からかうようなファイの視線が突き刺さる。言葉が通じないのに何を言おうとしているのかここまで分かるというのも嫌なものだ。
 黒鋼はもう一度透明人間の頭を小突き、そしてぽんと手を置いた。そのまま肩を辿って腕に辿り着き、腕を引っ張り上げる。透明人間は慌てて黒鋼の腕にしがみついた。足に全く力が入っていないようで、完全に膝がかくんと折れている。

「…帰るぞ」

 そのまま黒鋼は透明人間を抱え、問答無用で歩き出した。その後をファイが追う。あと二人と一匹が足りないとはいえ、これで少しは普段に戻れたというものだった。



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