番外:煙草の話
「副流煙というものを、ご存じですね?」
教鞭を執る教官のように、彼女はぴしりと有無を言わさぬ笑顔で言い放った。
「…お前が今まさに吸い込んでいるこれか?」
ベックマンが言うと、きらりと鋭い光を反射する糸状のものが閃いた。
「ええ、私が今まさに吸い込んでいるこれのことです。船上で吸うなとは言いませんが医務室では吸わないでください、次吸ったら指ごと切り落としますよ。ああもちろん直ぐ綺麗にくっつけて差し上げますから後々の心配はしないでくださいね。しばらくは船上の事務仕事が滞って大変なことになるでしょうけど」
相変わらずすらすらと淀みなく返される言葉の間に、ベックマンの手にしていた煙草の火口は綺麗にすっぱりと切り取られていた。いつ取り出したは知らないが、彼女の得物であるピアノ線にぱらりと火口が切り取られている。
「……で、副流煙が何だって?」
「副流煙には、あなたが吸い口から吸い込んでいるその薄汚い煙、いわゆる主流煙とよばれるものよりも有害物質が多く含まれています」
全く動じないベックマンも、意に介さず続けられる会話もいつものことではあるが、周囲にいたクルーは冷た過ぎる場の空気に耐えられずに次々と去っていった。
「たとえば、タールやニコチンは約三倍、一酸化炭素は約五倍です」
「…まだおれに煙草を止めさせようと思っているのか?」
「そちらもまだ諦めてはいませんが、今日は別件です」
ナマエはにこやかに言い切った。
「私が煙草を吸うことにします」
怪訝な顔を隠さないベックマンに、ナマエはにこりと笑った。
「煙草を吸うあなたを見て私がどんな思いをしているのか、知らしめてやろうと思いましてね」