「やーぎゅ」

仁王は小さくステップを踏むように跳ね、柳生に抱きついた。

「学校で抱きつくのは止めたまえ」

何度も言ったでしょう、と呆れたように柳生は溜め息を吐いた。

「ええじゃろ別に、部室じゃあ誰も見とらん」

仁王は猫のように喉を鳴らせた。
柳生にすりよる様もまるで猫だ。
柳生は猫の尾を撫でるように仁王の髪の束を撫でた。

「ほらほら、貴方は早く反省文を書きたまえ」

反省文とは、風紀委員へのもの。
校則を完全に無視した髪についてのものだ。

「いやじゃいやじゃー書きとーない」

「な、何を言ってるんです!」

「反省せんもん」

ぷい、とそっぽを向き口を尖らせた仁王は、ユニフォームになるべく、Yシャツのボタンに手をかけた。
重苦しい沈黙に意気消沈、というところか、柳生は溜め息を吐き、ネクタイに手をかけた。

「のう柳生ー」

「はい?」

「どうして柳生は柳生なんじゃー」

「は?」

有名な物語の様な台詞を意味のわからないタイミングで言い出した仁王に、柳生は眉をひそめた。

「駆け落ちしよーや、やーぎゅ」

「馬鹿なことを言わないで下さい」

柳生は溜め息混じりに言った。

「柳生は俺と会えん時寂しくないんか?」

「全然」

「じゃあ、これから俺と会えんくなったら嫌?」

「全く」

柳生の素っ気ない態度に、仁王は口を尖らせた。

「たいへんじゃー、柳生はジュリエット失格じゃー」

「それはどうも」



今ある現実で充分じゃないですか、私が私であなたがあなた、それでいいじゃないですか。






ロミオとジュリエットにはなれなくて、
(愛し合えるこの世界で、)
(なる必要がないのですよ)

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