万物流転 | ナノ
4.そうなん
新学期がもうすぐそこまで近づいてきた。魔法史の課題が昼過ぎに終わって、疲れた私は昼ご飯を作る気にはなれずちょっと遅めのランチを外の店でとることにした。メニュー表の文字だけを見て頼んだら、出てきたのは紫色のグロテスクな魚料理だったので、失敗したと思った。

部屋に帰ってきて、セドリックと一緒に横丁へ行ったあの日一緒に買った新しい教科書や魔法薬学で使う材料などを整頓して詰めた後、制服に替えのローブ、下着に靴下と…アンジェリーナやアリシアから貰った化粧品の入ったコスメポーチなどを一式トランクに放り込んだ。

非常に便利な圧縮魔法をかけて、重さ大きさともにこじんまりとしたトランクは部屋の出入り口付近に置いて、残りの休みをどんな風にして過ごそうかを考えていたら、その日は寝てしまった。

次の日の朝、顔に何か冷たいものが降ってきているのを感じて目を開けると、部屋中に水が溜まっていた。天井からは雨漏りがしていて、たくさんの水が滴っている。鋭いノック音が聞こえたかと思うと、鍵を外す音が聞こえこの宿泊施設のオーナー兼シェフの魔法使いが立っており、寝間着姿の私にずんずんと近寄ってきた。

彼の話を聞くに、私の上の階に部屋を借りている魔女が昨日一日中バスタブの水を出しっ放しにしていたことに気付かず外出していたらしく、上の階は全部水浸し。そして、丁度その魔女の真下の部屋が現在プールのように成り果てた私の609号室であったと言う訳だ。

元通りの乾いた宿に戻すためには、最低でも一週間は部屋という部屋を干さなければならないと、眉を下げたオーナーは丁寧に説明してくれた。

かれこれ九年来の付き合いになる彼と私は、祖父と孫のような関係を築いており、深いため息を吐いたオーナーは、私にガリオン金貨を数枚握らせて「漏れ鍋に部屋を予約したから、始業式までそこでお世話になんなさい」と心配そうな目付きで私の髪を撫でた。

施設の入り口まで私の必要な荷物を運び出してくれたオーナーはそこでびしょ濡れになったトランクと私の服に乾燥呪文をかけてくれて、荷物の中身も私の身体も元通りになった。「いってきます」と言えば、にこりと頷いて彼は腕まくりをしながら店の中へと消えていった。

私は肩掛け鞄のヒモをぎゅっと握りしめて、もう片方の手には軽量化したトランクを持って、とりあえずグリンゴッツへ向かった。ここから歩いて三十分。人がいなければ一五分。さらに、忍の足では三分の距離にその真っ白な銀行はそびえ立っている。

私は部屋を乾かす彼の邪魔になるだろうと思って…と言うのは建前だが、他人の目に万が一にでも触れられたら困ってしまうようなものを銀行へ預けにいった。私の腰ほどまでしかない身長の小鬼達は今日も忙しそうに働いており、ひとりの小鬼を捕まえて私の金庫まで案内してもらった。

20130814
title by MH+
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