万物流転 | ナノ
49.やくそく6
審査員席の傍にある中央時計は、制限時間を優に超えていた。セドリックが私を引き上げたのもすでに一時間を一分過ぎていたという。スタンドの観衆も、なかなか水から上がってこないハリーたちに痺れを切らせている。

スリザリンは、ハリーたちが失敗して湖の底で死にかけているのだと嬉々として騒いでいるし、隣りのセドリックは自分が彼に余計なことを言ってしまったのだと自責の念から落ち着きをなくしている。私は彼の背を撫でながら「大丈夫」と呟く。

湖面を見つめていると、突然二つの頭が水面を突き破って出た。赤毛のロンと銀髪のガブリエルだった。それに遅れて急浮上してきたハリーは、ロンと協力しながら混乱して怖がっているガブリエルを引っ張って岸へと泳ぐ。耳障りな悲鳴の歌を響かせたマーピープルに、護衛兵のようにぐるりと取り囲まれて、酷く迷惑そうだ。

顔面蒼白のパーシーが、水飛沫を上げて三人に(厳密に言えばロンに)駆け寄った。いつもよりパーシー先輩の横顔がずっと幼く見えた。「ガブリエル!ガブリエル!」マダム・マクシームが湖に戻ろうと半狂乱で必死にもがくフラーを抑えようとしている。

「あの子は生きているの? 怪我は!?怪我してないの?」

セドリックは立ち上がると、ハリーたちを水から引き上げようとする。「放せよパーシー。僕、なんともないんだから!」パーシーはロンを掴み、テントの下まで引っ張って行こうとした。居ても立っても居られないらしいハーマイオニーが観客席から走ってくるのが見える。

ダンブルドアとセドリックが、疲労困憊のハリーに手を貸して立たせた。「あぁ、ガブリエール!」フラーは、マダム・マクシームの制止を振り切って、妹ガブリエルをしっかり抱きしめた。

「水魔なの……わたし、襲われて」
「お、ねぇ…ちゃん…」
「ああ、ガブリエル!もうだめかと…だめかと…」

私は校医から毛布を受け取り、ガブリエルの肩にかけた。フラーが「ありがとう」と涙ながらに呟き、妹の身体をしっかり毛布で包んでもう一度抱きしめた。

「よくやったわ、ハリー!」息を切らせたハーマイオニーが、毛布に包まれ、耳から湯気の吹き出しているハリーにミサイルのように突っ込んだ。身動きができないハリーが倒れそうになるのをセドリックが支えていた。

「できたのね。自分一人でやり方を見つけたのね!」
「えーと――」

喜色満面のハーマイオニーに口籠るハリーを、審査員席からイゴール・カルカロフがじろりと見つめていた。パーシーに熱々の元気爆発薬を飲まされているロンを立ったまま眺めていると、いくらか落ち着いたセドリックが私の肩に毛布を掛けてくれた。

礼を言えば、どうってことのないように「女の子が体を冷やしちゃだめだからね」と言われた。この優しさプライスレス!ジェントルマンここに極まれり。彼は私と並ぶと少し微笑み、それから、水際にかがみ込んで水中人の女長と話し込んでいるダンブルドアの方に視線を向けながら口を開いた。

「マクゴナガル先生からあの薬を渡されたときはびっくりしたよ」
「驚かせたわね。でもあなたが助けにきてくれると信じていたから教授に魔法薬をお渡ししたのよ」
「そっか…!」

セドリックは嬉しそうにきゅっと表情を変える。照れているのか頬が薄く染まるのが見えた。「私だって、まさか、前日の夜から湖の底でスタンバイするとは思ってもなかったわ」と言えば、セドリックは空気をくすぐるように笑った。

「君のおかげで探すのに専念できたし、水の中でも自分の力を発揮することができた。僕が一番に帰ってこれたのも君のおかげだね…ありがとう、レイリ」
「お礼を言うのは私の方よ。それに私は…あなたに言われた通り湖の底で待ってただけだわ」

セドリックは私の呟きを何も言わないで受け止めたようだった。ダンブルドアがおもむろに汀から立ち上がり、他の審査員と秘密会議に入った。私たちの会話にゆったりとした沈黙が流れる。

マダム・ポンフリーがフラーと妹を迎えに行った。フラーは顔や腕が切り傷だらけで、ローブも破れていた。しかしそれを全く気にかけない様子で、校医が綺麗にしようとしても「ガブリエルの面倒を見て」と断った。

「あなたは気付いていたんでしょう?」と隣りの彼に目を向ければ「まあね」とあけすけに頷いた。「でも、ハリーも気付いていたよ。この課題の大切なものがなにかってこと」私はそれに少し驚いた。

フラーはハリーの方を見て「あなた、あの子を助けました。妹はあなたのとじちではなかったのに」と声を詰まらせた。彼女がハリーの両頬に二回ずつキスをするのを、ガブリエルがボーッと見つめている。ハーマイオニーはびっくりして傍で固まっていた。

それからフラーは「それに、あなたも。ルプしてくれました」とロンに顔を向けた。彼が期待しているのは見え見えだった。ハーマイオニーは、彼がフラーにキスをされるのを見て怒っている顔になった。ハリーはまだ顔が赤い。私はそんな三人を見てくすくす笑った。

ちらりとセドリックに目を遣ると、彼もフラーがキスするのを見ていたのだろう。ピッタリ口を閉じており、どことなく体を緊張させていた。私が名前を呼べば、肩をピクリと揺らしてこちらを見た。

「改めてお礼を言うわ、セドリック」
「え?」

背伸びをすると、目を丸くしている彼の顔が近付いた。「私を水底から取り返してくれてありがとう」私は心からの感謝の気持ちを自分の唇にのせて、セドリックの左頬に贈った。「レイリいま君…」彼は顔を真っ赤にして私の唇が触れた箇所を手で押さえている。なんだその反応は!乙女か!

ソノーラスで響き渡る代表選手の得点発表を聞きながら、初々しい反応をするセドリックに笑ってしまう。後輩の三人組もまさか私が彼にするとは思ってもいなかった様で、驚いた顔でこちらを見ていた。悪戯が成功した子どものような気分だ。

結果として、道徳的な行いによりハリーとセドリックが同点一位になった。フラーは大きな拍手を送っていたが、クラムは全く嬉しそうではなかった。なぜなら、彼の助手のポリアコフが「ビクター先輩、俺も先輩の頬に感謝の印を」と言い迫ってくるのを躱すのに忙しかったからである。

「第三の課題、最終課題は、六月二十四日の夕暮れ時に行われ、代表選手は、そのきっかり一ヶ月前に――」

20160316
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