万物流転 | ナノ
38.みなぞこ2
研究室の片隅にある大鍋では、とても目に鮮やかな色のドロドロとした液体が沸き立っていた。火にかけた大鍋を撹拌するのは魔法の匙で、さっきからずっとぐるぐると右回りを繰り返している。すると、セドリックが呟いた。

「ねぇレイリ。僕思うんだけど…」
「…どうしたの?」

私は彼の呟きに応えながら、擂り鉢にオスの個体から採れた竜鱗と、赤や青のしっとりと艶めく魚鱗をぱらぱらと入れて擂り粉木で細かくすり潰していく。私の横では、セドリックが、魔法界の薬問屋で太陽の涙と称される樹液を丁寧に梱包されている覆いから取り出している。これは高値で取引されているもので、スネイプ教授に頼んで取り寄せていただいたものだった。

「材料を見るとさ」
「…材料を見ると?」

私たちは今、体温維持薬を作っている真っ最中だった。これは、水中での活動を円滑に行うためのものだった。二月の湖の水の冷たさはいかほどか。ただでさえ水の中は私たちにとって身動きの取り辛い場所であるというのに、体温まで奪われることは非常に厳しい。

そんな場所に一時間も身を置くことになるかもしれない自分たちの身を守るために、魔法薬学に苦手意識を持つセドリックを助手に付けて私がメインで薬を調合している。鋼のように灰色の冷たい水を湛えた巨大な湖の水底は、暗く寂しい場所に違いない。

「これを体の中に入れなきゃいけないんだって、ちょっと身構えてしまうんだ」
「あー…確かにね」

擂り鉢の中身の様子を確かめながら、鱗を更に細かく滑らかになるようすり潰していく。ゴリゴリという音が室に響く。セドリックは、琥珀のように結晶化した元樹液を細かく砕いて、別の鍋で樹皮と一緒に水煮にする作業を進めている。鍋に砕いた樹液を入れると、ポチャンと涙の落ちる音がした。彼は苦笑いを零して話を続けた。

「サンフラワーの種やドラゴンの血液とかならまだ良いけど…沼蛙の背の油とかフロバーワームの粘液は…」
「いざ飲むとなると抵抗あるわよね」

次の週の金曜日になった。二人で作る体温維持薬はそろそろ完成も近かった。先週までは、鮮やかなドロドロの液体だった大鍋の中身も、太陽の涙を加えたことによって、円熟したまろみのあるオレンジ色になっていた。匙で掬うとさらさらと大鍋の中に零れてゆき、その液体の透明度もまずまずのようだ。

「こうやって改めて自分で使う魔法薬を作ってると」
「ええ…」
「調剤魔法使いの技術力の高さとか、調剤や調合の苦労とか…改めて思い知るよね」

火から下ろした薬を冷ましているうちに、不必要になった用具の洗浄を二人で行った。空になった中型の真鍮の鍋を水道の方へ運んできたセドリックは、しみじみとした声で言った。なんだかそれが可笑しくて、私は漏らすように笑って話した。

「ふふ…セドリックったら、そんなことを考えながら作業してたの?」

セドリックはそれを受けて「まぁね」と、久し振りに苦笑い以外の照れ笑いを浮かべた。目の下に隈ができているので、昨夜も遅くまで水中で生き延びる方法を探していたのだろうか。私はいつものメンバーの宿題監督をしていたので、それが終わるとすぐに寝てしまったのだが。申し訳ない気持ちでいっぱいである。

次の日、ついに薬が完成した。役目を終えた匙や器などの小物は清め呪文でちょちょいと綺麗にし、浮遊呪文で棚に指定されているそれぞれの置き場に飛ばした。セドリックは手前のテーブルで擂り鉢と擂り粉木に乾燥呪文をかけていた。

私はガラス製の蓋の付いた筒を何本か持ってきて、昨日から冷ましていた薬をお玉で掬って筒の中に流し込んだ。多めに作っておいたので、全部で六本分の体温維持薬が完成した。これを飲めば、一本で成人魔法使いにつき、きっかり半日つまり十二時間はどんな過酷な環境下においても最適な状態で体温が維持されるという訳だ。

その内の一本を、さらに小分けして小型のガラス筒に詰めているとセドリックは不思議そうな顔をしたが、私がこうして保存する理由はそのうち分かると説明すれば、彼も納得してくれて、それ以上の質問には及ばなかった。

20160313
title by MH+
*体温維持薬は執筆者の「あったらいいなこんなもの」です
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