万物流転 | ナノ
33.つきかげ
僕とロンは、先輩に言われた通り、例のマントを被って静かに彼女の後ろに付いて歩いた。このマントは透明マントと言って、摩訶不思議なことの多いこの魔法界でも、非常に珍しい透明になれるマントで、僕が一年生のクリスマスに送られてきたものだった。

夜のホグワーツは、昼間のが嘘みたいに静かで、こうやって気を付けて歩いていないと足音が異様に響く。先輩の杖の先の僅かな明りだけが頼りとなるこの薄暗い廊下は、ちょっとだけ不気味だ。階段を滑るように、足音を忍んで下りて、一つ目の角を曲がった。先輩の足取りは慣れたもので、時折僕らを気遣うように足運びを緩めてくれる。

すると、先輩の肩越しに、誰かの杖先を灯す小さな光の点が見えた。僕らの進行方向の真っ暗な廊下の先から、誰かが歩いてきているようだ。僕たちより一足先に、向こう側から歩いてくる人物が誰なのかが分かった先輩が、僕たちにだけ聞こえる音量で「絶対に音を立てないでね」と念押しした。

僕ら三人と、相手が丁度三メートルの距離になった時、隣りを歩くロンが小さな声で唸った。僕より視力の良いロンには、誰が歩いているのか分かったのだろう。僕は唸るロンを肘で突いてから、自分のくちびるの前に人差し指を立てた。

「夜の散歩ですかな?ミス.ウチハ」

先輩に掛けられた声は、最悪なことに、僕らグリフィンドール生を嫌うスリザリン寮の寮監スネイプだったのだ。ロンが唸っていた理由がこれで判明した。

「こんばんは、スネイプ教授」
「我が校の真の代表選手助手様は、随分と余裕があるようだ」

先輩は、スネイプの嫌みな言葉に何も反応は見せず、平時の対応と同じように挨拶をした。一方、自分の嫌味に何も反応を示さなかった相手が気に入らないのか、スネイプはさらに言葉を重ねた。本当に嫌な先生だ。僕が言われたら、先輩みたいな冷静な反応は多分できないと思う。

「私などが手を貸すまでもありませんよ、教授」

くすくすと、少し笑い声を漏らした先輩は、口元に手を当てながら返した。それは、まるで友人にするのと同じくらい自然な仕草と口調だった。僕は、なんだか、この光景を不審に思わないではいられなかった。それは、隣りのロンも同じみたいで、彼が今ここで静かにするのを忘れていなかったら、大声を上げて驚きたかっただろう。眉を寄せながら、あんぐりと口を開けている。

「謙遜を…ミス.ウチハは第六学年が誇る優秀な監督生ではないか」

スネイプは意地悪そうな顔をして(…と言うか、実際に意地悪なんだけどね)そう言った。レイリ・ウチハと言う先輩は、ホグワーツでも品行方正かつ頭脳明晰で有名な女子生徒である。

僕らが二年生の時、秘密の部屋でのジニー救出に助力したことを讃えてホグワーツ特別功労賞を授与されてからは、ホグワーツの生徒で彼女の名を知らぬ者はないだろう。そして、最近では、トライ・ウィザード・トーナメントのホグワーツ代表選手であるセドリックの助手に任命されたことでも知られている。

「それは…」先輩が言い淀むと、にやりと口角を上げたスネイプはふんと鉤鼻を鳴らした。どうせ、スネイプのことだ。彼の間違った色眼鏡でしか見えない世界では、僕らグリフィンドールの生徒は皆傲慢ちきの無礼な奴にしか見えないんだ。きっと、先輩のことも、口には出さないだけで、満更でもないんだろうと罵っているに違いない。

「しかし、なんと言っても私のパートナーは、あのセドリック・ディゴリーです」

先輩は、気を取り直してきっぱりと言い切った。スネイプは、彼女が言い返してくることは想定の範囲内だったらしく、その言葉に少しだけ興味を示したように真っ黒な、まるでそこら一帯に落ちている闇を全て吸収したような瞳で彼女を見下ろした。その目は、まるで僕らにも向けられているみたいで、僕とロンは瞬間的に息を止めた。

「彼も優秀な生徒のうちのひとりですから」
「ほう…。現主席のお前にそう言わせるとは、Mr.ディゴリーの本日提出した魔法薬の採点を念入りにせねばなるまい」

臆することもなく、淡々と口を動かす先輩は、ほんのちょっと楽しそうだ。僕は先輩が平生の彼女と同じようにスネイプに向かって話すのを、どうしても受け入れ難い感情に支配されていた。ロンは、スネイプのあの視線が彼女にだけ向けられていることにようやく気付くと呼吸を取り戻した。

「ぜひ、そうしてあげて下さい。彼も、以前までの彼とは違うはずですので…」

先輩が含みのある返事をすると、スネイプは先輩の言った言葉が不分明なのが気にかかって眉を寄せる。それから少し低い声で「さては…入れ知恵でもしたか?」と声を洩らす。しかし先輩は、それには答えず笑みを深くするばかりである。僕がもし、それをやったらものなら、激怒したスネイプに呪いの一つや二つでも掛けられてもおかしくはないだろうなぁ。

「それではスネイプ教授。私は夜の見回りがありますので、ここで失礼します」と言って、先輩はスネイプに頭を下げた。もちろん、夜の見回り≠フ部分を強調して言っていた。その言葉に眉の間の皺を深くした彼は、何か文句の一つでも言いたげに彼女をねめつけてからゆっくり歩き出した。

足音が離れ、僕らが来た道とは別の角を曲がりやっとスネイプがいなくなった。危機を回避した僕とロンは、身体の緊張がほどけて、へなへなと廊下に座りたくなる衝動に駆られた。しかし、時間は待ってはくれないと言って歩き出した先輩に置いていかれないように、必死で足を動かした。

運悪くあそこでスネイプに遭遇した以外、フィルチや彼の愛猫とも出会うことなく目的地に辿り着けた僕らは、ようやくほっと息をつくことが出来たのだった。けれども、僕らはこうしてはいられない。どうしてこんな危険を犯してまでここに来たかと言えば、卵の謎を解くためなのだ。

「やあ、遅かったね。」

先輩が合言葉を唱えると、みるみるうちに目の前の扉がキシキシと鳴りながら開いた。中から笑顔で出迎えてくれたのは、久し振りに見るセドリックだった。先輩はここに来る道中でスネイプに会ったことを話すと、微笑みながら僕らに振り返って「後は頑張って」と励ましの言葉を述べて監督生のバスルームから出て行ったのであった。

20131214
20131225
20160312修正
title by MH+

*ハリー視点続きます
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