万物流転 | ナノ
24.あかいろ2
新学期が始まり、またいつもの日常が帰ってきた。昨夜は、課題を溜め込んでいた双子にアドバイスをしたり、私のレポートを見せてあげたりと深夜まで大変だった。彼らの課題が全て完成するまで、私は眠りにつくことが出来なかったのである。

頼みの綱であるアンジーは、早々に女子寮へと引き上げてしまうし、彼らの良心であるお兄ちゃんなリーは、差し入れのココアを持ってきてはくれたけれど、双子の課題を仕上げるのには、一切手を貸してくれはしなかった。どうやら、彼にもまだ終わっていないレポートがあるらしく、机の上に広げられた魔法史の羊皮紙には、あと数行の隙間があった。

途中で夢の旅に出るフレッドの頭を叩いたり、船を漕ぎ出すジョージの頬を抓ったり、諦めて投げ出そうとするリーを叱咤したりと、なかなかに忙しく、夜は更けていったのである。

翌朝、いつもより三十分遅い起床。私が女子寮の自分のベッドに潜り込んだのは夜中の三時を過ぎていたと思う。身体はだるいが、目が冴えてしまったので、私は熱いシャワーを浴びることにした。髪を渇かし、制服に着替えると、私はさっさと談話室を出た。走る気分にはなれなかったので、朝食までの時間を散歩をして過ごすことにした。

「…あれ?あそこにいるのは…」

目を凝らすと、そこにはクラムともうひとりのダームストラング校の生徒が居た。卵らしきものを持っているあたり、彼らはこんな朝早くから、課題に取り組んでいるらしい。じっと二人を見ていると、太陽の光で金色に輝く卵を使って、キャッチボールならぬキャッチエッグを始めた。

そのシュールな光景に吹き出しそうになりながらも見守ると、クラムの助手の方が受け取り損ねて、雪の上へと卵を落とした。その拍子に卵の留め金が外れてしまったのだろう。とてつもない音量の卵の叫び声が、辺り一面に響き渡った。

船の側面にある窓がいくつも開き、そこから身を乗り出している生徒や、デッキに駆け付けた生徒達が、がやがやとクラム達に対して文句を言っていた。そりゃ、あの金切り声のような音で眠りを妨害されたなら、文句の一つや二つだって言いたくもなるだろう。耳を押さえてしゃがんだ私は、クラムの助手が卵を閉じるまでじっと耐えてその光景を見ていた。

サクッサクッと、雪を踏みしめる音が近付いてくる。足が雪へと沈む音の長さから察するに、この足音は上級生の男子の足音に違いない。目を閉じ耳をすませると、私のすぐ傍でその音は止まった。「今のは、なんだったんだ?」と彼は言ったので、ゆらりと立ち上がりながら、私は告げる。

「…クラム達が卵を開けちゃったみたいだよ」
「そうだったのか…って、レイリ!?」

「あなたって早起きだったんだね。おはよう、セドリック」

自分の呟きに、まさか返事が返ってくるとは思わなかったのだろう。ナチュラルに「そうだったのか」と呟いた後、今度は驚いた声で私の名前を叫んだ。セドリックはカナリアイエローとグレーのボーダーのマフラーを首へ乱暴に巻いており、寝癖のついた前髪をぴょこぴょこさせていた。

「セドリック、急いでたの?」

「え?…どうして君はそう思うんだい?」
「だって…ふふ。ここ、ハネてるよ」

突拍子もないと思われただろうか。じっと彼の灰色の瞳を見つめて私が彼に問えば、キョトンとした表情で見下ろされた。彼は私よりも背が高いので、私はいつも彼を見る時は首を上げなければならない。まぁ、双子やロンくんよりは、セドリックの方がちょっとだけ首も楽なんだけどね。

指先で、彼の髪の毛がハネているところをちょんちょんと触れば、セドリックはバッと自分で前髪を撫で付け、恥ずかしそうに顔の中心から真っ赤になった。

「めずらしいね。セドリックが寝癖なんて…」
「あ、うん…そうだね。僕、気付かなかったよ、ありがとうレイリ」

「いえいえ、どう致しまして」

それから、私が昨日のことを謝れば「別に僕は…その、気にしてないし。君が謝ることじゃないよ?」と貼付けたような笑顔をセドリックは浮かべた。いつもとは全く違うその表情に、私は気付いていたけれど、敢えて何も言わなかった。

どよんとした空気を打破するべく、課題の卵の話を振れば、セドリックも食いついた。あれやこれやと第二の課題について議論をする側、私の目は、クラムと彼の助手の男子生徒がとぼとぼと船へと戻っていくのを捉えた。あの様子では、クラム達もきっとまだ、卵の謎を解き明かせていないはずだ。

ハリーは別として、ここにはいないフラーとガブリエルのペアは、もう卵の謎を解いてしまっただろうか?私はそんなことを考えながら、セドリックの考えに相槌を打っていた。

20131026
title by MH+
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