万物流転 | ナノ
55.めいしん10
卵を腕に抱えたまま、へなへなとそこへうずくまるとすぐ傍に彼女が飛んで来た。着地の音はしなかった。それに、ドラゴンの動く気配すらしない。観客はこの異常に全く気付かず、課題を完遂した僕たちにスタジアムが揺れるほどの歓声と拍手を送ってくれているけれど、何かが変だった。

ちらっとうずくまった姿勢で、傍に立つ彼女を見上げると、彼女の瞳が鮮血のように紅く染まり、ドラゴンの両目を睨み付けていた。僕はそれを見た時、一瞬ゾクゾクとした。

レイリは一旦目を閉じると、いつもの黒目で僕を見下ろしてきて「大丈夫?」と言った。その目は心配そうに潤んでおり、あの紅い目は僕の見間違えだったのかと思うことにした。

担架で運ばれる僕の横を、右手をしっかり握りながら付いてくる傷一つ無い彼女を見て、僕は安心した。救護のテントまで運ばれると、僕はマダム・ポンフリーにオレンジ色の嫌なにおいのする軟膏を顔の半分にベットリと塗られた。それを見た彼女がからからと笑うので、ちょっとだけ恥ずかしくなった。

ベッドでしばらく横になっていると、課題の終わったフラーやクラムが運ばれてきた。それぞれ擦り傷や、火傷など身体の様々な箇所を治療されているようで、処置が済むと各校長と一緒にテントを出て行った。

ダームストラングの校長イゴール・カルカロフが大きな声で「よくやったクラム!お前はわたしの見込み通りの生徒だ!」と傷だらけであろうクラムの背中、もしくは肩を叩きながら話して僕らの個室の前を通り過ぎて行ったので、マダムが咳払いをして注意していた。

四つ目の大きな歓声が上がると、すぐにハリーがマダム・ポンフリーに連れられて僕の隣りの小部屋に入ってきた。「去年はディメンター、今年はドラゴン!次は何を学校に持ち込むのやら?」マダムがぷりぷり怒るので、僕とレイリは、声を忍んで笑った。

ハリーの処置を終えたマダムが「気分はどう?」と僕たちの部屋に入ってきたので「熱も引いてきたし、今は痛くないです」と僕が言えば、彼女はホッと胸を撫で下ろしていた。レイリは、優しい笑みを浮かべていて、何だか好いなって思った。

選手待機用のテントへ行くと、フラーやクラム達と鉢合わせた。彼らと一緒に入ると、中にはすでにハリーとロンが立っていた。「よくやったな、ハリー」僕が声をかけると「君も!」と彼はニッコリ笑い返してくれた。第一の課題は、結果的にハリーとクラムが同点一位になり、僅差で僕が三位。そして、フラーが四位となった。

クラウチ氏から第二の課題の告知を受け、僕たち選手も城へと戻る。禁じられた森の端に沿って歩いている時、試合前に僕たちを訪ねてきた女記者が「おめでとう、ハリー!」と声をかけていたけど、何か一言と息を弾ませる彼女に向かって「ああ、一言あげるよ」とつっけんどんに彼は言った。

「バイバイ」

悪戯っ子の笑みを浮かべながら、ハリーとロンと彼らの友達であるグレンジャーが意気揚々と固まる記者とカメラマンのすぐ傍を通り抜けた。彼ら三人の後ろを歩いていた僕とレイリは、呆然と立ち尽くす彼らの脇を進みながら笑いを絶えるのに必死だった。

次の課題も、レイリと力を合わせて頑張るぞ。
今度はハリー。君には負けないからね!

20130908
title by MH+
*炎ゴブ(上)、これにて終了!
炎のゴブレット(下)
[top]