万物流転 | ナノ
26.きっかけ2
ハリーの名付け親であるシリウス・ブラックは、恐ろしい魔法界の監獄アズカバンに無実の罪で捕らえられ、ほんの数ヶ月前まで服役していた。そこを自力で脱獄した彼は、新聞で目にした裏切り者ワームテールを追い掛けて、ホグワーツへやってきたのだ。

そして、およそ三ヶ月前。私がフラスコに詰めた鼠男ピーター・ペティグリューと、ハリー・ロン・ハーマイオニーに持たせた『真実』により、アルバス・ダンブルドアと魔法大臣コーネリウス・ファッジらの手によって彼の無実が証明されたのである。

それからシリウスは、魔法界での普通の生活へ戻るために聖マンゴ魔法疾患障害病院にて、社会復帰のためのカウンセリングと、十二年もの間、断続的にディメンターに幸せを吸い取られたことによる後遺症を回復すべきという魔法省の意向により、精神安定のためのリハビリテーションを受けていた。

その間彼は、聖マンゴにほど近い更生施設での生活を強いられていたが、そこでの入院生活についに終止符が打たれることになったのだった。ハリーは、手紙を読んで嬉しそうにしていたが、手紙に夢中になり、それを運んできたヘドウィグのことを蔑ろにしていたので、ここは先輩として注意しておく必要があるだろう。

「ハリー。今回のことはとても喜ばしいことだけど、それより先に彼女に言うことがあるんじゃないかしら?」
「…え?」

「ヘドウィグはあなたの家族なんだから、もっと労って感謝してあげないとダメよ? この子、あなたのためにこの長い距離をずーっと手紙を持って飛んで来たのだから…ね?」

「はい。…ごめんよ、ヘドウィグ。いつもありがとう」

ベーコンをすっかり食べ終えたヘドウィグは、ハリーの声に反応して「ホー」と鳴いた。そして、手を伸ばしてきたハリーの指を甘噛みする。ちょんちょこと、テーブルの上を移動してハリーの方へ行くと、ハリーのオレンジジュースの入ったコップにくちばしをちょっと突っ込み、その後すぐに小屋へと戻って行った。

「なぁ、ハリー。その小さい箱には何が入ってるんだ?」
「…んーと『親愛なるクルックシャンクスと、愛しのヘカテーへ』って手紙には書いてあるけど」

「ヘカテー?なんだそれ。誰のことだ?」

「私、どこかで読んだことがあるわ!ヘカテー、ヘカテー…あぁ!魔術の女神よ!」

ハッとして「魔法史の参考書で読んだわ!」と頬をピンクに染めたハーマイオニーはぺらぺらとしゃべり出す。「ヘカテーは月と魔術、幽霊、子育て、豊穣と清め…そして贖罪を司るとされる女神のことよ。そのため、闇月の女神や、魔術の女神などの別名で呼ばれるの」一息でここまで言い切った彼女は、一切息を乱していなかった。

「それで、ハーマイオニー…ヘカテーって誰なの?」

焦れったそうに尋ねたハリーに、信じられない!とでも言いたげな顔をしているハーマイオニーが「まだ、分らないの?」と言った。そして、スプーンを皿に置いたロンがイライラとした声で「君には、分かってるんだろうけどね!」と言う。

ちょっとだけムッとして唇を曲げた彼女は、声を落として「ルーピン先生が人狼だってことは覚えているでしょ?」とひそひそと早口で再び話し始めた。

「私達の地域では、脱狼薬の材料のトリカブトを、その『ヘカテー』を象徴する花としているの」

「分かった!それなら、もしかして『愛しのヘカテー』って」
「え、あの人!? ルーピン先生に口移しで薬飲ませてた?」

ハリーが目配せをしたロンのセリフに、私は思わず飲みかけのオレンジジュースを逆噴射しそうになって、口と鼻を覆った。ゴホゴホと咽せそうになる私に、ナフキンを手渡してくれたハリーはじっとその含みのあるグリーンの瞳でこちらを見つめてくる。

「クルックシャンクスになら分かるけど、どうして僕たちのところにあの人への贈り物をよこしてきたんだろ? なぁ、ハリー。あの人について君は何か知ってる?」

「…何も知らない。だけど、シリウスが僕のところに送ってきたってことは、シリウスはまたあの人と僕たちが会うことになるだろうって思ったんじゃないかな?」

「そういえば、ワールドカップの夜もあの人が私たちを庇ってくれたわね。ほら、あの…闇の印が打ち上がった時――」

ぐっと空気が張りつめた感じがする。ハーマイオニーが黙ったことで、他の二人もあの夜のことを思い出しているのであろう。しばらく、誰も喋ろうとはしなかった。

その重たい沈黙を破ったのは、言わずもがな。「ごちそうさま」と言った私で、両手を胸の前で合わせてから席を立った。その音にぱっと顔を上げた三人に手を振りながら「それじゃあね。よい休日を!」と言ってその場を離れた。

その時、ハリーだけが最後まで私から目を外さなかった。背後からはハリーに断って小箱を開けたハーマイオニーの「わぁ!キレイ!見てよ二人とも。首輪用のチャームよ!Crookshanksって彫ってあるわ」と明るい声が響いてきた。

大広間を出た扉の陰で(危ないところだった)と胸を撫で下ろすも、もしかしたらハリーは気付き始めているのかもしれないと、焦燥感に駆られた。

20130831
title by MH+
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