万物流転 | ナノ
12.まぶしさ2
クィディッチ・ワールドカップ決勝戦のブルガリアVSアイルランドの試合は圧巻だった。もちろん、それぞれのチームのマスコットであるヴィーラやレプラコーンによる余興も多いに観客を騒がせていたが。いくら忍としての動体視力を駆使しても、箒に股がり飛行する選手はただの緑と赤の影で、もはやどれが誰かが分からず、残像しか見えなかった。

隣りのディゴリー親子は、ヴィーラには見向きもせずにワーワーと歓声を上げて試合に集中していた。ブルガリアのビクトール・クラムが真下へ飛び、相手チームのシーカーリンチは彼に誘われるように、そのまま地面まで凄まじい勢いで急降下して行く。

最後の最後でクラムだけが、辛うじて箒を引き上げて地面への衝突を免れたが、対処に遅れたリンチは、鈍い音をスタジアムに響かせて地面に突っ込んだ。アイルランド側の応援席からは、大きなうめき声が上がる。

「なんと!あれはフェイントだったのに!」
「え!クラムがリンチに仕掛けたんですか?」

「そうだよ、レイリ。あれはシーカーを引っ掛ける危険な技なんだ」リンチに駆け寄って行く魔法医の姿を見ながら、どこか熱っぽく語るセドリックに釣られるように、私はじっと遥か上空を旋回するクラムを見た。やっと、リンチが立ち上がったところで、中断していた試合は再び開始され、試合は泥仕合になってきた。

そして、二度目の二人のシーカーの急降下に観客は悲鳴を上げ、またもや地面に激突したリンチに同情する間もなく、クラムがスニッチを捕ったことを確認した観客の誰かが叫び試合が終了し、結果的にスニッチを掴んだクラムの属するブルガリアは、アイルランドに十点差で負けた。

「アイルランドの勝ち!」と叫んだバクマン本人も、この突然の試合終了に度肝を抜かれている様子で、最上階のスポットライトの下で立ち竦んでいた。勝った選手達は、レプラコーンの振らせる金貨のシャワーを浴びながら狂喜して踊っており、スタジアムの四方八方からアイルランド国歌が流れたのだった。

興奮冷めやらぬスタジアムを後にして、私達はテントへ戻った。ディゴリーさんがポットでお湯を温めているうちに、私はひとりでお花摘みに行くことにした。まぁ、平たく言っちゃえばトイレに行くと言うことなのですが。「僕も着いて行くよ」と言い過保護なセドリックを説得するのには心底骨が折れた。

ざくざくと足元の砂や小石を踏み、わいわいと騒がしいテントの連なる道をトイレある場所まで歩いた。個室に入り、私は分身を一体作り出した。朧げな記憶では、これから数時間後『死喰い人』達による行進と、闇の印が打ち上げられるという嬉しくないイベントが発生するとメモライズされている。

分身には、問題が発生したらセドリックを闇の魔の手から守護するようにと言い付け、こくりと自分が頷くのを確認すると、私は着ていたジャケットを脱ぎ去り、持っていた鞄から紺藍のフード付きローブを取り出して頭からすっぽり被った。

荷物から杖だけを抜き取り、鞄を分身へ預けると「もっと深く被らないと」と分身の自分にフードを引っ張られて「今日は猫忘れちゃったから、顔見られちゃだめだよ?」そう言い残して分身が個室から出て行った。自分に自分の心配されるとか…。

この世界に来てから、私の分身は、本体から少しだけ独立した思考を持つようになったと思わせる点があり、私を困惑させる。なんと言うか、本体に対して(セドリックもそうだけど)みんな過保護だなぁオイ!

20130825
title by MH+
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