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「新人賞おめでとう、愛ちゃん」
「ありがとうございます、傳田さんのお陰です!」
 今年で23歳を迎えた愛は、銀山市内の喫茶店で久しぶりに会った自分の師匠に、無邪気な笑みを見せた。
「もう私傳田さんじゃないわよ」
「ペンネームは傳田じゃないですか」
「ペンネームは結婚したからって変えないものよ」
 傳田歩美、もとい渡辺歩美は今年で結婚5周年を迎えることになる。渡辺は相変わらず刑事として、歩美は小説家として一線を走り続けていた。
「傳田さんの『10年間の片思い』映画化するんですよね?凄いです」
「あ―…あれね。嬉しかったけど、光に怒られちゃったわ」
「渡辺さんに…?」
 『10年間の片思い』は3年前に刊行され、70万部も売りあげた恋愛小説だ。歩美の代表作となりつつある。しかし、渡辺は自分の告白を、小説にされたことは喜ばしくなかったらしい。その上それをあとがきで歩美が語っているものだから、同僚からも上司からもさんざんからかいの嵐だ。
「普通プロポーズとか告白の言葉っていうのは、自分で大切にしとくもんじゃないのかって言われたの」
「あー…あはは」
 言う側にも複雑な心境があるんだなあ、と人ごとのように考えていた愛だが、歩美がにやにやしながら自分を見ている事に気づき首をかしげる。
「なんですか?」
「いやいや、愛ちゃんもそろそろかしら」
「そろそろって…」
 高見はあれからの五年、舞台俳優としても、俳優としても有名になった。美形でスタイルのいい高見はすぐに、女性からの人気を集め、二年目にはわき役だがドラマの出演も決定した。
 ファンクラブも存在する今では、深夜ドラマのレギュラーなど、仕事も多い。おかげでなかなか会えず、愛はいつも膨れっ面だ。
「高見さん忙しいみたいですし…結婚なんて」
 恋人同士とはいえ、「らしい」ことなど殆どなかった。ペアリングも、テレビや舞台では外していて、それを見た時すこし寂しくなる。
「愛ちゃん、ネットニュース見てないの?」
「ニュース、ですか?」
 慌てて携帯を取り出し、ネットにつなぐ。ニュース情報の端に、歩美の小説が映画化されるというものが載っていて――リンクをつなげると。
「えっ……」
 主演に、高見優の名前。
「しゅ、主演…」
 高見は有名な舞台俳優になったら、結婚しようといった。それはもう、成し遂げていると思っていた。しかし、高見の基準――他界の言う、有名になるということは、こういうことだったのだろうか。
「実は高見君からこんなものを預かりました」
「…えっ」
 渡されたのは、手紙だ。
「暫く忙しいからねー…それじゃあ、家帰ってみなさいね!」
 当り前だ。芸能人、高見優からの手紙をこんなところで開けるわけが無いし――歩美には悪いが、愛は自分の恋人の文面を、言葉を、他人に見せたいとも聞かせたいとも思わない。
 バスに乗り込み、小走りで自宅に帰ると、梅がのんびりした声でおかえり、と声をかけた。
「ただいま!あっ、おばあちゃん、今日のご飯何?」
「ぶりの照り焼きよ?あら、何かいい事でもあったの?新人賞のことで?」
「うん、あった!でも新人賞のことじゃないの!」
 愛のデビュー作が新人賞を受賞したのはつい先日だ。表彰式にも出席済みで、テレビでも軽くだが取り上げられた。
「よかったわねぇ、後で教えてくれる?」
「…それはわかんない」
 苦笑いで階段を駆け上がった愛は、自分の部屋にすべりこんだ。
「あ!ちょっと、蒼!」
「わっ、なに、ねえちゃん。にやけすぎ。高見さんとなにかあった?」
「わ、私のことはいいの!それより私の部屋でランドセルの中身広げるのやめて!」
「俺の部屋でもあるじゃん」
「私の部屋でもあるの!片付けて!」
 愛は五月蠅い心臓の音を聞きながら、封筒を開いた。中には、折りたたまれた便箋。
 大きめのそれには、小さな字で、たった一行の、プロポーズ。
――結婚しよう。愛。五年って長過ぎた。
「…わぁ」
 嬉しすぎて、頭がとけてしまいそうだった。それでも愛は――
「もうちょっとひねろうよ…」
 以前の歩美の様に、プロポーズに駄目だしする。
 嬉しそうに。
 幸せそうに。
 あのころとは違う笑みを浮かべて。

 出会いはもう誰も覚えていないようなバスジャックで、高見は女装していて。
 そんなのが始まりだなんて、ロマンチックだとか、そういうのをを通り越している。
 それでも、一生誰にもいうことはないだろう、その出会いに、愛は心底感謝した。

その後行われた結婚式に出席した、バスジャックの一番の被害者、山内は、新婦の姿を見て「どこかで見たような…」と首をかしげることになるのだった。


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