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 俺は普段、あまり人に深く関わらない主義で、それは小学生のころからだった。広く浅く、そつのない人付き合いをしていた俺には、親しい友人もいなければ親との関係も上手くいっていない。
 恋人が出来ても、信用しきれず相手を本気で好きになることはできなかった。表面上上手くいっているように見えても、恋人に対して愛情を持った事はなかったかもしれない。
 それなのに。
 何故俺は今、こんなにも相楽さんのことを考えているのだろう。
 何故、相楽さんのことを想うと、胸が苦しくなるのだろう。
 相楽さんと電話、メールも数回したが、その度、心臓が高鳴り、顔が熱くなる。
 ――もしかして、これが恋というものなのだろうか。

「それは恋っスわ」
「…マジで?」
 バイト前、田所君をファミリーレストランに呼び出し、先日からのこと、そして今どう思っているかを相談すると、あっさりとした結論を述べられてしまった。
「櫻井さん、今迄バイト中に美人に言い寄られてもスルーしてたのに、相楽さんには…死語スけどメロメロじゃないスか。さっきも俺に説明してる間めちゃくちゃ緩い顔してましたよ」
「ええっ、…そんな自覚無かった…」
 確かに、俺は相楽さんには今迄にない何かを感じてはいる。
 だけど、その“何か”が分からないから困っているんだ。
「やっぱり…俺、相楽さんの事が好きに…」
 連絡先を交換し、まだ数回電話やメールのやり取りをした程度。
 きちんと出会ったのもごく最近だと言うのに、俺は、今迄出逢った誰よりも相楽さんに興味を持っていた。
 あの人の表情ひとつひとつを思い出すと、沸騰したように顔が熱くなる。
「まぁ、いいんじゃないスか。付き合ってみるのも。駄目ならすぐに別れりゃいいし」
「そ、そんな!だって相楽さんは本気で考えてくれって…」
 今迄の俺なら、軽く付き合って駄目なら別れる、という選択肢もあったかもしれない。
 だけど、相楽さんは本気だと言った。俺にも本気で考てほしいと頼んできた。簡単に決めるのは、真剣な相楽さんに失礼だ。
「…けど、好きなのかもって思ってるっしょ」
「で、でも…男同士だし、やっぱり覚悟とか色々…歳も離れてるし…」
 男同士の恋愛に対して、世間は厳しい。生産性のない、生物の本能から逸脱した感情だと思う人が大多数だろう。
 しかし、俺はそうだと分かっているのに――今、自分で自覚しつつある。
 男に、相楽さんに恋をしてしまっているということに。
「…相楽さんだって…そのうち目を覚ますかも…」
「なんでそうネガティブなんスか…」
「だ、だって」
「じゃあ…取敢えず、相楽さんには保留にしといて、ほどほどに会ったりすりゃいいんじゃないスか」
「…そ、それも失礼じゃない?」
「……」
 心底面倒くさいと思っているであろう田所君の表情に頭が上がらない。年下にこんな相談をした挙句、ここまで困らせるなんて、俺、何やってるんだろ。
「ごめん…やっぱり、自分でなんとかするよ。相談に乗ってくれてありがとう」
「いや、別にいいっスけど。櫻井さん、もうちょっとガンガンいってもいいんじゃないスか」
「?がんがん?積極的にってこと?」
「そうっス。初恋って言っても過言じゃなさそうな感じだし」
「それって、俺が相楽さんの事好きって前提で話してない?」
「そうっスけど」
 他人から見て、俺はそんなに分かりやすいのだろうか。
「…じゃあ、仮に俺が相楽さんを好きだとするよ?…どこに惚れたと思う?」
「顔じゃないスか」
「……」
 そんなに単純じゃあ、ないと思う。田所君は相楽さんの事を殆ど知らないし、相楽さんのはにかんだ表情も、少し不安そうな顔も、満面の笑みも知らない。俺と田所君では、相楽さんに対し感じているものが違う。
 ――だから、それはどう違うから、恋になったのかという話で。
「…あー…頑張って見るよ…ちょっと、心配だけど」
「そうスか。じゃ、バイト行きましょう」
「うん」
 混乱しすぎて、頭の中がごちゃごちゃになった俺は、考えることを放棄してしまった。男を好きになったかもしれない、なんて。初恋が、男性相手かもしれないだなんて、少し受け入れがたい。
 けれど、相楽さんなら、好きになってしまったのも仕方ない、と思う自分もいる。
 ファミレスを出て、しばらく田所君と二人無言で歩いた。よくよく考えれば、最近は友人とどこかに出掛けたりする事も無かった。…そんな俺が、いきなり男と恋人になって、一体どうすればいいのだろう。
「あ…噂をすれば」
「は?えっ」
 田所君が指さした方向を見ると、道路の向こう側の歩道には、相楽さんと、何故か溝口さんがいた。その光景を見て、胸が釘で刺されたように痛む。
「なんで…」
 溝口さんは相楽さんの腕に抱きつき、何か言っているようだったが、流石に聞き取れない。しばらく固まっていると、相楽さんが煩わしそうな表情で溝口さんを引きはがした。途端、溝口さんは何やら声を荒立て、喚き始めた。
「う、うわぁ…」
 痴情の縺れって恐ろしい、とドキドキしながら見ていると、隣の田所君がぼそりと呟いた。
「あれ、やばいです」
「え?」
「あの女…俺と同じ高校だったんスけど、そんときからすげえ有名で」
「溝口さん?ああ、美人だもんね」
「そうじゃなくて、男遊び有名で。イケメンに目が無くて、しょっちゅう問題起こしてましたよ。気に入った男は折れるまでずーっと付きまとって」
「え…」
 溝口さんは相変わらず、相楽さんに縋りつき、今度は泣き叫び始めた。相楽さんはなんとか腕を振り払おうとしているが、周囲の目も集め始め、段々目立ってきていた。
「た、助けたほうが…」
「いや、やめといた方がいいっス。あの女、昔ライバルの女を病院送りにしてましたし…何されるかわかんねえっスよ…」
「え?病院送りって…」
 溝口さんは看護師だったはずだか、田所君の話が本当なら、そんな気性でやって行けるのだろうか。
「で、でも、なんとかしないと相楽さんが困ってるし」
「…」
 相楽さんは携帯電話を取り出し、どこかに電話しようとしていたが、溝口さんに携帯を強奪され放り投げられていた。野次馬も集まりだし、ちょっとした騒ぎに発展しつつある。
「やっぱり、櫻井さんは相楽さんのこと好きっスわ」
「い、今その話?」
「いや、めちゃめちゃ心配そうな顔してるんで」
 田所君は、俺の手を取ると近くの横断歩道まで引っ張っていく。
「俺は先バイト行きます。両方行かないとマズイんで」
「あー…、ごめん。すぐ行くから」
 横断歩道を渡ると、俺はすぐに相楽さんと溝口さんの元へ向かった。
「相楽さんっ」
 名前を呼び、駆け寄ると相楽さんと目が合う。相楽さんの顔が、驚きに染まった時――その顔が隠れた。首に抱きつくようにして、溝口さんが相楽さんの唇に、自分の唇を押し当てた。
 ――つまりは、二人がキスをしたということで。
「っ…!」
 俺は思わず立ち止まって、硬直してしまう。キスなんて、小学生じゃあるまいし、見ても動揺するほどのことではない。そう思うのに、俺は動く事が出来ずにいた。
 相楽さんが、溝口さんと、キス。
 ――嫌だ。
 そう自分の中で結論づいた時、気付いた。
やっぱり俺は、相楽さんの事が好きだ。
「いい加減にしろ!」
 相楽さんが怒鳴り、溝口さんを振り払った。溝口さんは尻もちをつき、鬼の様な形相で相楽さんを睨みつけている。
「なんで?私がキスまでしてあげたのに、なんで好きにならないの!あいつのせいなの?」
「誰のせいでもない、俺はお前なんて好きにはならない。強制猥褻罪で訴えられたくなければ、今すぐ消えろ。目障りだ」
 キスでも無理やりなら犯罪だもんなぁ、と俺が半分放心したまま考えていると、相楽さんが、こちらに来て俺の腕を掴んだ。
「櫻井、これは…俺の意志では…」
 周りの野次馬が、俺と溝口さんと相楽さんの三角関係についてコソコソと話し始めたが、傍から見たら、一人の女性を取り合う修羅場に見えるのだろう。
 けれど、実際はそうじゃなくて。
 相楽さんは、俺に必死に弁解していた。
「俺が好きなのは、本気なのは、誰かお前は分かっているだろう?」
 悲しそうな顔で、不安そうな顔で。
 そんな相楽さんに、俺は黙って頷くことしかできなかった。

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