01



この世界は、基本的に二つに分かれている。
境界をはさんで下にある人間界、そして上にある魔界。

魔界は人間界との戦争が絶えず、余力のある魔界に反して人間界では大量の死人が出た。統治国家をおさめる魔王には、人間との戦争などお遊びでしかなかったのだ。

人間に使える魔法は数少なく、対抗手段はもっと少ない。圧倒的な力でなぶられるように。ずるずると戦争は続いていた。


そんな世界が平和になったのは、約12年前魔王が代替わりした時からだ。



「…おはようございます」
「……ざいます」

魔界の中心にそびえたつ豪華な城。そのてっぺんの魔王執務室には、大量の書類が空中に散乱し、ラグの上に死んだように横たわる人物はひたすらそれらの書類に目を通し、サインをしていく。

長くくるっくるの巻き髪はまるで女子高生のそれだが、残念ながら生まれつきである。病的なほど真っ白な肌に、長いまつげの下にはぞっとするほど濃い隈、華奢な体のせいで浮いている黒いマントは魔王のそれだ。

「魔王様、例の話は」
「しりませんしりませんしりませんとも」
「…」
「ええ、しらないです、しらないです」
「…誰か血もってこい!!!」
「えー、今ろくなのいませんにょー、サキュバスのでいい?」
「お前のはダメだ!酔うから!魔王様もいい加減そんなとこにねっころがってないで机に向かってくださいよ」
「こっちのがはやい」

はぁ、と深くため息をつくのは魔王補佐のガーネットだ。整った顔立ちにがっしりとしたからだ。まるで魔王とは正反対である。

それでも確実に、強者はこの床にごろんごろん寝つつ仕事をしている、吸血鬼一族の魔王なのだ。

「…いいですかガーネット」
「…なんですかね」
「私、わたしはですね。ずっと前から、いって、ますよね、ね」

死んだ魚のような目をぎょろりと動かした魔王は儚げで美しい容姿にも関わらず、しばらく風呂にも入っていないせいでとんでもなく小汚い。これは一種のボイコットである。何故かと言うと――

「人間に、は、私のすがたは、みせたくないです。そのかわりに、じゃないですか?魔王になるって、仕事するって、休まないってって…」
「…そうですけど」


12年前、当時国家を治めていた魔王はクーデターにより命を落とした。
クーデターを起こしたのはガーネットと床にねっころがっている魔王――ヴァンタインのふたりのみ。

もともと、ヴァンタインは魔王の参謀だった。森でひっそりと暮らしていたところ、その強さから魔王にスカウトされたのだ。まぁそれが先代魔王の間違いだった。

ヴァンタインは魔王よりも圧倒的に強かったのである。やる気はないが、ガーネットがそそのかすとあまりにあっさりとクーデターへの参加を認めた。

「あのですね…そろそろ人間側も魔王様を一目見ないとおさまらないようで」
「いやっていった!!!」

ばん、と床を叩いて叫んだ魔王は、潤んだ目でガーネットを睨みつけた。

「わ、わわわたし、もう5年と三カ月四日も寝てない!!ねてないです!!仕事で!!ちゃんとやってる、のに!!!」

ばんばんと床を叩き、泣きわめく魔王はここ数年、ひどく情緒不安定だ。
以前なら、ゆったりおっとりとしゃべっていたところも、不安定で、いつ激昂しだすかわからない状態だ。

それもこれも全部寝不足と、過労のせいである。

「ガーネットのせい!!全部ガーネットがわるいいいい!!!」
「お前が人間界を統治下に置くとかいうから仕事が増えたんだろうが!!!おまけに魔王軍に人間を入隊させる制度やら軍事学校やら!お前が増やしたんだろ仕事!!」
「ガーネットも賛成したもん!!した!!それにガーネットが人間と仲良くしろっていったもんいったもんいったもん」

「…なにしてんにょー、あんたら」
「サキュバス、てめえにかまう暇はねえんだよ…魔王様がまたご立腹らしい」
「ガーネットが悪いのににぇー、吸血鬼の平均睡眠時間、平均18時間だにょ。魔王様は今何時間?」
「…一日10分」
「そりゃ怒るにょー」
「仕方ねえだろ」
「そもそもなんにぇヴァンタイン様が魔王にゃにょ?ガーネットがやればよかったにょに」
「そそそそうですう!!!!そうですよ!!ガーネットのばかばかばかばかばか」
「うるせえな…あんたの方が強いんだから仕方ねえだろ」

ヴァンタインは青白い顔をほのかに桃色に染め、目からぼろぼろ涙を流す。桃色の唇をぶるぶると震わせて、髪を振り乱しながら叫んだ。


「もういや!!!!」
「なっ…待て!話せばわかる!」
ばん!と両手で床を叩いた魔王ヴァンタイン。はっとしてガーネットが止めにかかるがもう遅い。

床いっぱいに広がった光りは難解な魔法陣を描いている。

「にゃば!魔王様おちつーー」

バチバチと音がなり、目の前が眩む。次に目を開けると、魔王の姿はどこにもなかった。

「あんの野郎!!逃げやがった!」
「ガーネットが悪いにょ。過剰労働させるから」
「…」

魔王の逃亡に、もとい家出はこうして始まった。
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