無個性ちゃんと幸村

その他大勢が好きだ。
バスの中、授業中、商店街、人混みの中。
その中にいると私はさくらももこではなく、その他大勢という大きなものになる。

私はたまに忘れられる。
要するに、とびぬけた個性がないため忘れられやすいのだ。
あ、居たっけ?などと言葉をぶつけられることもある。
ただその言葉は私にとって嬉しいものだった
すべての個性がなくなるその瞬間、私は何かから解放された気がするのだ。
その何かはいまだにわからないけれど。

「俺はお前が嫌いだよ」
放課後、私は屋上にいた。
そして、同じ空間にいるのは美化委員である幸村だった。
透き通るテノールのきいた声。透き通るような声なのに、どこか棘棘しい。それは単純に私への悪意だろう。
「何が」
「お前みたいな主体性のない奴、いつかどこかで絶対に困る」
「困らないよ」
「なんで」
幸村は私の家のご近所さんだ。
昔は少し仲良かったものの、年齢が上がるにつれて幸村は私に嫌悪感を隠さなくなった。
幸村は圧倒的個性だ。幸村っていう言葉を聞いただけで、顔を見ただけで多くの人間はああ、あの人だと分かってしまう。
幸村にとって私はきっとはっきりしないチャラチャラした人間に映るのだろう。その通りだけど。
今もその冷たい目は私を映さない。

「きっと私はいくつになっても大勢の中の一人であるんだよ。
その他大勢、なんて何処にでもある集団なのだからそこに入るのはきっと簡単だよ」

成績も中より上、運動だって平均より下、女の子の友達もそこそこいる。これ以上何も望まない。

「幸村は大変だね」
「は?」
「私はたまに幸村がかわいそうだと思うよ。」
「俺はお前の方が不幸そうだよ。同情はしないけど」

幸村は線の上をいつもギリギリに歩いている、大衆に笑顔を向けながら。たまに私はその糸を切ってあげたくなるのだ。
まぁ、しないけど。

「あ、チャイムだ。」
キーン、コーンとなるチャイム。
今回は珍しく皆で入ろうとした委員会に一人だけは入れなかったのだ。これで、やっとみんなで帰れる。その他大勢になれる。
「じゃぁね、幸村」
「もう二度と来るなよ」
ニコリ、と冷たい笑顔で私を見送ってくれた。
が、それに返事はしない。
皆のもとへ行こう。





「俺はお前が嫌いだよ、でも時々お前がひどくうらやましくなるよ。さくら」

そう呟いた幸村の声は誰にも聞かれず消えていった。



――――
無個性といいつつ個性バリバリヒロイン。




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