葵皇毅の賃仕事


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入朝目前の皇毅に資蔭上納金の期限が迫っていた。

旺季の命に従い賃仕事にありついて、なんとしても上納しなければならない。

しかしそもそも貴族恩赦で無条件入朝のはずなのだが。

「何故、朝廷にカツアゲされているんだ!」

いきなり大声を上げても別に周りに驚いてくれる家人がいるわけではない。独り言だ。
聞いてくれるのは目の前の大根飯くらいだろう。

皇毅は邸に響く自分の声に我にかえって瞑目し、何事もなかったように一人夕餉の続きを口へ運んだ。

しかし本当はそんな苛々も半分は和らいでいる。
今日街で偶然『画員の募集』を見つけてきたのだ。
画員ならまずまずの内容だと思う。

皇毅は本来、画を描いたり楽を奏でることは率直に好きだった。
葵家が誅滅するまでは本家の深窓でよく趣味として興じていたもの。

今となっては幸せだったことが辛く感じる過日となっていても、持っている技術は未だ健在である。

薄切りの大根飯を終わらせ、机案に並べた水墨画数点と漢詩を綴った書を手にとる。
明日にでも募集をかける作業場へ見本として持っていくつもりだった。

見本には顔料を使った色彩画は無かったが、顔料など高価なもの日々大根飯の皇毅が買える訳がない。
これで気に入って貰えるとよいのだが、と暫く手にとった自作の水墨画を眺めていた。



翌日、
好機逸すべからずと身なりを整え書を抱えた皇毅が図画の作業場に赴いていた。

街の外れにある邸宅に沿って作業場らしき倉が並んでいる。

「画員募集を見て参りました」

皇毅が門へ出てきた邸の若い男に一礼すると「画書のお手前がわかるものをお預かりします」と持ってきた見本画を受け取られ、邸内へと案内される。

廊下を歩きながら対面に広がる作業場を垣間見た皇毅は数多の小皿に乗せられる彩り美しい鉱石の顔料に息をのんだ。

翰林院図画局か此処はと疑いたくなる。

個人所有の作業場に貴重な顔料が惜し気もなく並べられるなど、どんな絵師がいるのだ。

その価値が分かるからこそ思考が停止する。卓子に向かい出されたお茶にも手をつけず待っていると、邸の主人が出てきた。

恰幅よく裕福さが滲みでる出で立ちの主人は椅子に腰を下ろし細長い顎髭を撫でる。

「君の描いた見本画を拝見させて貰った。若いのにとてもよく描けている。暫く働いてもらうとしよう」

「それは、………ありがとうございます」

まずは安堵して一礼をする。





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