家に帰ったら妻が死んだふりを…


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冷徹な御史大夫葵皇毅の私生活など誰も興味はないが、最近になってこんな噂がチラホラ囁かれている。

『御史台長官は愛妻家』

その真偽を確かめた者は未だいないが、疑いの目を向けたくなる姿を御史台に仕官している者達は陰日向に度々目撃していた。

葵長官が皇城の中庭から鷹文らしきものを飛ばしているのだ。
鳩文ならば目立たないのだが、堂々と鷹を飛ばすあたり隠密業ではないのだと知れる。
さて、それでは誰に宛てているのだろうと不思議に思うが長官と世間話出来る部下などいなかった。

謎のまま鷹が中庭へ通ってくるが、たまに飛んでこない日がある。
すると葵長官は馬を飛ばして自邸に戻ったりするのだ。

つまり文は葵長官の邸から飛んでくるのではなかろうか……

世間話も許されない部下達は勝手に想像を膨らませる。

もしかしたら奥様から文が届いているのかもしれない。
結果『御史台長官は愛妻家』と相成った。

ここ数日御史大獄の為に葵長官は自邸に戻らない日が続いていたがそれでも順調に鷹は通ってきていた。
しかしある日を境にパッタリと鷹が来なくなってしまったのだ。

これは……奥様の顔を見に家に帰るのか?

またそんな勝手な妄想を繰り広げる部下に皇毅は告げる。

「御史大獄が数日伸びた。各自仕事を進めておけ」

短い言葉の後、すぐさま立ち上がると無言で抽斗に鍵を掛けだした。
無言だがどうやら家に帰る支度のようだ。

「あの……どちらへ」

真相が知りたくて余計な口を滑らせた部下は氷点下の双眸で睨みつけられ、仕事を増やされ、おまけに評点まで下げられて凍っただけだった。

凍る部下と世間話をする気など微塵もない皇毅は馬に跨がり鐙を蹴る。
皇城の門を出ると速度を上げて街道を駆け抜けた。

風を切る馬上で眸をすがめる。

(あいつ……また何かよからぬことをしでかしてないだろうな)

鷹文を楽しんでいるのは部下の妄想通り奥様の玉蓮だった。
毎日毎日、鉄板に飽きて海に飛び込みたくなるくらい毎日、皇毅に恋文を認めては鷹の足に巻き付け飛ばしてくる玉蓮だが、飛ばしてくる時はまだ安心なのだ。

文が途切れた時、それは皇毅ではなく何かしら違う方向に、妙な方向に気が向いている。
何をしでかしているのか確認せねば気が収まらなかった。

気になって仕方がない無自覚愛妻家の皇毅が馬を飛ばして帰ってくると門番達が一礼し閂を上げる。
その落ち着き様から特に大きな問題は起こっていないと知れる。
ならば鷹文が途切れた理由は一体なんだ。

真っ先に出てきて礼をとるのは玉蓮でなく葵家を取り仕切る環家令だった。

「お帰りなさいませ。御史大獄を控えているとのことで暫く戻られないかと思っておりました」

「そのつもりだったが李絳攸を弁護する者に不手際があった為延期だ」

「弁護……紅秀麗御史だと聞いておりますが」

家令は何かを探っているような口振りだったが、これ以上御史大獄に関して話す気はない皇毅は背を向けた。





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