お中元を貰う


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葵家の門前で往来する人々を眺める皇毅の妻。
門番の存在は無視して、両手を胸の前で握り合わせキラキラと瞳を輝かせていた。
門番も諦めているようで何も言わない。

その様子を十歩下がって傍観するお目付役の侍女達。
十歩も下がっているのは陰口を言う為だ。

「相変わらず感心するわね……全然帰って来ない当主様をあんな調子で待てるなんて」

「まさに奇跡の妻、姫様。当主様お幸せですよアハハ」

「笑うとこじゃないでしょ!」

ぼそぼそ後ろで言い合う侍女達の事など全く気にせず、玉蓮はうきうきと門の外出たり入ったり、飽きることなく眺めていた。しかし侍女達はとっくに飽きていた。

いい加減一喝して邸に引きずり込もうかと考え八歩前進すると、玉蓮の独り言が侍女達の耳に入ってきた。

「お中元……お中元…早く来ないかしら〜」

その独り言に侍女達は眼球を胡乱に泳がせ、お互い今聞いた謎の言葉が幻聴ではない事を確認する。

今、お中元……とか言ってなかった?
当主様のお帰りを待っているのではないの?

侍女達は残りの二歩前進が出来なかった。
するとまた独り言。

「棺桶…棺桶…早く来ないかしら〜」


ガラン、ガラン、!

門番が落とした槍が虚しく地べたを転がった。
目の前をうろちょろする妻の存在にも動じず微動だにしなかったのに。
葵家鉄壁の門番の矜恃は妻の独り言に脆くも崩れ去った。

侍女達同情の眼差し。

ところで、今の発言に対しつっこむべきなのだろうか。
どこからつっこむべきなのだろうか。


棺桶の到着を待っている当主の妻……。


「ねぇさん!事件です!」

「しーっ声が大きい!」

侍女の叫び声が聞こえたのか妻がくるり、と振り返った。
ヒィ、と飛び上がる。ころされる!棺桶に詰められる!

「ひひ、姫様……普段からの不遜な態度をどうかお許しください」

「何か不敬があれば咎めてください。先に棺桶を用意するなんてあんまりです」

がたがた震える侍女達の様子に妻は首を傾げた。

「貴女達も……棺桶が欲しいの?」

恨めしそうな声で問われた。その瞳は沈んでいる。

「いやぁぁーーーー助けてえぇぇ!!!」

脱兎のごとく逃げ出す侍女達。
走り去った後には脱げた沓が残されていた。

逃げる訳にはいかない門番と妻がぽつんと取り残されていた。
ゴクリ、と唾を飲み込む門番。
どうか絡まれませんように。この時ほど当主様が早く帰ってくればいいと思った事はないだろう。

「棺桶は誰にも渡さない…私のです……」

「……いりません…」

蚊の鳴くような声で自分の意志を伝える門番。涙声だった。






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