皇毅の香
焚きしめる高雅な香−−−−−
空気に触れると、また抱きしめると……仄かに匂い立つ
愛してやまない、妻だけが独占する馥郁たる香気
−−−−−−−−−
数十種類の香料が並べられ天秤にかけられる。
厳選された粉がサラサラと銀の匙で香炉に滑り落ち、匙を置いた侍女が掌を宙に泳がせ香りを確かめた。
調合にうっとりと瞼をとろめかし深呼吸。
よい出来だ。
「いい香り……我ながら傑ッ作!天つ才ッ!」
誰にも聞かれたくないコッ恥ずかしい独り言を叫ぶ侍女。
その様子をたまたま通り掛かった玉蓮が窓から面白そうに覗いていた。
調合が終わったのを見計らい室に入ってきてニコニコ。しまった 、今の独り言聞かれた……。
しかし奇行の数々では右に出るものいない(出たくもない)姫様だし別に構わない。
侍女はのぞき込む興味津々顔を見て嬉しさ半分嫌な予感半分にて上座に椅子を用意した。
「貴女のご実家が香商人だとは聞いていましたが、香の調合にも詳しいのですね」
それほどでもありませんけど、謙遜する割に侍女は落ち着かなく指先で匙を回す。
本当はもっと褒めて欲しい。何故なら何を隠そう私、褒められて伸びる質なんです。
嬉しい侍女の顔は緩みっぱなし。
「え〜と、お恥ずかしながら実家の手前少々勉強しておりまして、出来たら将来婿をとって店を継ぐつもりなんですよ。当主様にもうちの品をご贔屓頂いてありがたい限りです」
将来の夢と共に実家自慢。
そうなんです。名門葵家のご指名を頂きウチから買って貰っているのです。
当主様からも認められた老舗なのです。
ニヘニヘ。
更に色々言いたくて落ち着かない侍女だが、とりあえず空気の籠もった室内に風を入れるため、長い木の棒を使って高い窓を開けると風と共に室内が明るくなった。
「と、いうわけで、いいお婿さんを紹介してくださいね」
「はい、お任せ下さい!」
また軽く返事されたけど、本当だろうか。侍女胡乱の眼。
そんな眼差しを諸ともせず玉蓮は早速聞香してみる。
いい香りだと、うっとり瞳を閉じて頷いた。
「素敵ですね……梨の香りかしら」
「ご名答です!当主様は今の季節、梨の香りを芯におつかいなのです。梨の皮から香りを抽出して白檀と沈香を我が家秘伝の分量で調合したのもでございます」
「皇毅様の香!?」
「そうですそうです」
秘伝なんで分量は教えられませんが、と微笑むが玉蓮の興味はそこではない。
なんとこの侍女、皇毅の香を調合していたのだ。
てっきり家令の凰晄がやっているものだと思って遠慮していたのに。
「そして、芯の香りをお渡しして最終的に当主様ご自身がお好みの香を加えて出来上がりですよ」
侍女の話が一旦終わると玉蓮は瞳を輝かせズズズ、と顔を近づける。近い、怖い。
「姫様……、そういう可愛らしい事は当主様になさってあげてください……」
「貴族ですね……!因みに私めも貴族です」
「はぁ、?」
「私も貴族として妻として、皇毅様の香を学び調合致します!教えてくださいませ」
侍女は途端に仰け反った。
卓子が揺れ天秤が踊り出す。大切な粉が飛んでしまうではないか。
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