牡丹のお嬢様


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葵家のデキる女家令、環凰晄。
嘗て彼女は夜半静まった頃、当主である皇毅の縁談相手を一人でコツコツと吟味する事が日課になっていた。

本来仕える主人の縁談相手に家令が口を挟むなどあり得ない事だろう。
しかし当主である皇毅は最愛の姫を手放してからというもの、正室だろうと側室だろうと、側女さえも持とうとしなかった。

最初は仕方なく、そして次第に真剣になっていた。

葵家一族が誣告により皆殺しになる前、正真正銘御曹司であった十そこそこの皇毅がこんな事を口にしていた言葉を今でも覚えている。


『僕は将来、愛する人としか結婚しません』


なんという、マセ坊ちゃん。
純粋な皇毅にその場にいた家人一同大爆笑だった。

失った平穏な日々。あの頃は純粋だった。

しかしまさか、紆余曲折艱難苦労を乗り越えて官吏として大成し、性格までそれなりに歪んだ大人になってまでその誓いを貫いているとは意外だった。

そんな葵家当主を想う当時の凰晄は見合い相手を探しつつ、半ば頭を抱えていたのだった。


(それも……懐かしいこと)


自室で芯を切った蝋燭を眺めつつ瞳を細める。

葵家の行く末を案ずる心労も最早、昔の事となったのだ。

ある冬晩、皇毅が棄て猫でも拾うかのように玉蓮という娘を連れて帰ってきてから葵家は大きく動いた。

皇毅の最愛、旺家の姫を越える美貌と智慧、直向きな心を持ち合わせた女人がついに現れた。
そんな風に思ったが、玉蓮と云う娘、登場こそ非凡だったが案外平凡な娘であった。

(皇毅のお眼鏡に適う最上の姫を必死で探した私は、……私の苦労は、一体何だったのか)

憤りながらも再び思い起こされる言葉。


『僕は将来、愛する人としか結婚しません』


皇毅は本当にそれを貫いたのかもしれない。

めでたし、めでたし……。



「……のはずが、何故未だに縁談の話が来るのだろうか!」

凰晄の視線の先、蝋燭の向かいに積まれているのは見合い相手の煌びやかな姿画の数々。
妻帯したと広めてはいるのだが、妻が大貴族の娘でないことで、今からでも正室の座を奪い取れると勘違いした輩達からの有り難迷惑な申し出が未だくる。

どんどこ来る。

今までは皇毅の妻候補として眺めるのが趣味と化していたがこうなってはもう、ほんわか顔して実は悋気満々な玉蓮夫人の目に触れず、断りの書状を出す面倒な作業でしかなくなっていた。

そして今回は更に疑惑めいた問題が発生していた。

とある大貴族のお嬢様が葵家へ行儀見習いに来るのだ。
世間では行儀見習いに来ていた玉蓮を皇毅が見初めたと噂でもされているのだろう。
そんな直向きな娘がお好みなのだと察し、同じように皇毅に見初めて貰う肚かもしれない。

凰晄の溜息は深くなった。

しかもこの行儀見習いの件、なんと皇毅自身が話を纏めてきたのだ。凰晄に断る権限はない。

胸騒ぎがして仕方がないが出迎えるしかない。
蝋燭まで不気味にゆらゆら揺れている。

(これはまた何か起こる……)






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