牡丹のお嬢様


新緑と対比する高い昊が美しい朝、葵家の門前に仰々しく飾られた女軒がぴたりと停められていた。

出迎える凰晄は軒を前に思い出した。
依然同じ様な光景を目の当たりにしたことがある。皇毅の見合い相手、三の姫を出迎えた時とそっくりだった。

侍女達はひそひそと耳打ちしている。

「なによ、侍女見習いなんだから歩いて自分の荷物くらい自分で持ってくるのが礼儀よね……おかしくない?」

凰晄は地獄耳のごとく睨みつけた。

「お黙りなさい」

「ですが凰晄様、……」

「それ以上何か言えば罰を与えます」

薄々侍女達も分かっているのだろう。
この侍女紛いのお嬢様が第二の玉蓮を目指していると。そしてあわよくば葵家当主の正室を奪うつもりだと。

侍女ですら敏感に察しこの有様なのだ。
今頃邸の中で逡巡しているであろう玉蓮は一体どんな珍行動を起こすのか、凰晄には予測すらつかなかった。

お嬢様の艶粉色で仕立てられた絹沓が軒の扉からちらりと覗き、ゆっくり丁寧な足運びで降りてきた。まだ少女の面もちであるお嬢様だった。

その姿を見るなり隅の侍女達は掌を握りしめお互い顔を見合わせ小声でひそめきあう。

「三の姫様のような超絶美貌お持ちの方が降りてきたらどうしようと思ったけれど、うちの姫様のが可憐でお美しいわよねぇ」

「そうね、そうね、環家の勝利よ。心配して損したわ


背中の情けない小声に、この無礼な侍女達の口を縫いつけてやりたいと心底思う。
しかし、彼女たちは分かっていない。

貴族社会で正室になるか側室になるか、はたまた側女にされるか。

(美しさなど全く関係ない。家柄と嫡子かどうかに掛かっている。皇毅の気が変わって『やっぱりこっちを正室にする』とか言われればそれまでだ)

本当はこの家令が一番行く末を案じていた。

そんなそれぞれの思いなど知らぬお嬢様は、若々しさを彩る銀朱の衣裳に牡丹の華飾りを一度だけ手で撫でて、出迎えている家人達を見渡しながらニコリ、と微笑んだ。

「これからお世話になります。お近づきのしるしに家人の皆様に美味しいお菓子と匂い袋を持って参りましたの。どうぞお持ちください。どうぞ、はいどうぞ。あなたもどうぞ」

「……は、?」

「え、……あの……」

気が付いたら家人達の手の中に、お菓子と見事な刺繍が施された匂い袋が握らされていた。

「この匂い袋、良い香り……」

一人の侍女が思わず洩らすと、牡丹のお嬢様は瞳を輝かせた。






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