九連宝燈


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洗濯から戻ってきた夫の官服に火熨斗を当てる皇毅の妻は至極ご機嫌だった。
上質な絹の衣なので注意しないと生地を傷めてしまうと侍女達に言われても火熨斗当てを譲らない。

今にも鼻歌でも歌い出しそうな玉蓮の横にぴったり張り付き、危なっかしい火熨斗当てを見張っている侍女はわざとらしく溜め息を吐いた。

「あぁーあ、火熨斗で姫様が手を火傷しないか心配です。それで私が当主様に怒られないかも心配です」

「大丈夫。医女の頃は火熨斗当てくらい自分でやっていたわ。それに、……」

柔らかい布を指でそっと撫でる。

「こうしていると皇毅様のお傍にいるような、そんな気がするの」

ぽってりとした愛らしい唇に弧を描く。
皇毅を想う妻の切ない気持ちに侍女は困ったように微笑んだ。

「…………だったら、……当主様がいらっしゃる時はそちらに張り付いていてください!今日は帰って来てるではありませんかーー!」

「そ、それもそうね」

ぺいっ、と室から追い出された玉蓮は皇毅のいる西の対の屋へと向かった。
本当は火熨斗を当てた官服をもって行き、焚き染める香りを皇毅と一緒に決めたかったが追い出されては仕方ない。

そっと自室へ入ると奥の卓子に書物を並べ静かに読み耽っている皇毅が目に入った。
お気に入りの公案小説の続きだろう、あまり趣味の時間を邪魔すると機嫌が悪くなるので大人しく傍の椅子へ腰掛け刺繍の続きでもやろうかと手を伸ばす。

「あら、……?蜜柑……」

卓子には橙色の立派な蜜柑が置かれていた。
皇毅が食べていたのだろうか。

「お蜜柑剥いて差し上げますね」

「紅州蜜柑だ」

書物に集中しているだろう皇毅から返事は期待していなかった妻は瞳をぱちくり瞬かせた。

わざわざ紅州蜜柑だと告げる意味は何だろうか。

「まぁ、……それは……随分と高級な蜜柑ですね」

「紅州からたまに送ってくる」

「あの、何方からでしょうか?美味しい蜜柑の御礼状を出しますね」

「………………」

そこまで言ったにも関わらず皇毅は不自然に黙った。
送り主について告げるのを躊躇っている様子だ。
しかし、本当に知られたくないのならこんな堂々と卓子に蜜柑を並べている筈もない。

いつかは、言わなければならない事を切り出す機会を待っていたかのような、そんな紅州蜜柑。

玉蓮の顔色は瞬時に蒼ざめ椅子から立ち上がった。


「まさか、皇毅様の…………現地妻から…」

「何で毎回勘違いの方向が同じなんだお前は!」





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