九連宝燈
頬を膨らませて黙りこむ玉蓮に皇毅も黙りこむ。
室の気温があれよと云う間に下がった。炭をおこしているはずなのに何だか寒い。
玉蓮は剥いている蜜柑を皇毅に差し出さず自分の口に投げ入れ始めた。
「…………嫉妬など致しません。デキる妻を目指しておりますのでご安心ください」
「何がデキる妻だ。話すか食べるか泣くかどれか一つにしろ」
もぐもぐと蜜柑を食べながら泣きだす玉蓮の頬をそっと撫で誤解を解いてやるのがデキる夫の愛情表現なのだろう。
しかし、……。
(見ている分に……面白い………)
皇毅の為に泣いて笑ってモジモジする美しい妻。
感情がだだ漏れだが、嘘のない愛情を感じることが出来るのだ。
すると、もっとからかってやりたくなる厄介な感情が湧いてくる。
皇毅は頤に添えていた指を玉蓮へ向けた。
「三日後、紅州から客人が来る。予め言っておくが酷い目にあうぞ」
「わ、私……侍女に扮しますのでご安心くださいませ……」
膝を折り微かに震える頭を下げる。
勘違いだと伝えたはずなのにすっかり紅州から皇毅の『妻』が乗り込んで来ると思い込んでいる。
しかも侍女に成り下がり不戦敗宣言ときた。
そろそろ誤解を解かなければ東の対の屋で籠城を始めるに違いなかった。
「お前は本気で私が地方に女を囲っているとでも思っているのか」
透き通る双眸に射ぬかれ玉蓮は急いで涙を拭いた。
「本当は……皇毅様を信じております」
「それならいい。紅州から蜜柑を送って来るのは私の実の叔母だ」
皇毅様の、叔母さま−−−
玉蓮は瞳を瞬かせた。
「葵家の生き残りは唯一、皇毅様のみと伺っておりました……」
「それも事実だ。叔母は紅州の名家へ嫁いでおり、実家の葵家が誅滅したと同時に葵家とは絶縁している」
「絶縁、ですか」
本家は皇毅を残し全員自害し、嫁いだ女系一族も自ら命を絶つ者、嫁ぎ先から追い出されて路頭に迷い亡くなった者、それぞれ葵家の汚名を雪けず悲惨な最期を遂げていた。
しかしそんな中で唯一、彼女は葵家と縁を切り知らぬ存ぜぬを貫いて紅州で生き残った。
一族からすれば裏切り者に相違ないが皇毅はそんな叔母を責めたりする気など毛頭無い。
恨んでいるのは寧ろ誇りと矜恃を見せつける為に自刃した者達。罪を認めたも同然で詐りの誣告を最期まで対峙しなかった一族の方だった。
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