残照
−−−チュク
寄せた耳許に生暖かい感触が走った。
「きゃ……!よ、寄り過ぎました、ごめんなさい」
驚いて皇毅から離れ、耳を寄せすぎて皇毅の唇に当たってしまったと玉蓮は必死に頭を下げ詫びる。
玉蓮の柔らかい耳朶を自ら舐めた皇毅は素知らぬ振りをして、再び手招きをした。
今度は逃げられないように、しっかり捕まえてやる。
「皇毅、失礼しますよ」
そう思っていたのに、突然凰晄が室に入って来ると皇毅は渾身の怒りの視線を凰晄にぶつけて来た。
「お前……人の恋路の邪魔するのが趣味か」
「そんなに暇ではありません」
(えっ、もしや三の姫様は凰晄様に邪魔をされたのかしら?そんな方には見えないけれど……)
二人の会話を聞いて玉蓮は皇毅と三の姫との事を勝手に模索しだす。
しかしその頭は完全に逆の方向に回転していた。
「玉蓮はいつまで灰を被っているつもりですか。湯浴みをなさい」
言われて自分の身体を見れば、確かに灰で汚れていた。
治療する手だけは習慣で綺麗に拭いていたが、もしや自分は灰を撒いて歩いていたのではと今更ながら青くなる。
「申し訳ありません!直ぐに行って参ります」
頭を下げると、それを聞いていた皇毅も口を開いた。
「そういえば私も仲良く灰まみれだ。ついでに湯浴みをするか」
凰晄はその発言に玉蓮の方をチラリと見た。
皇毅に言われている内容を理解しているのだろうか。
玉蓮は背筋をしっかり正して皇毅を戒める。
「いけません!今は気血の廻りを上げ過ぎるのは傷によくありません。湯を絞った布で身体を拭くだけにしてくださいませ」
「………」
玉蓮が失礼しますと退出すると、凰晄は改めて皇毅に向き直った。
「大事には至らないとの事で、なによりです」
「扇を投げられたくらいで大事に至るやつがいるか」
いまひとつ、と凰晄は続ける。
「私は玉蓮と貴方は既に相愛なのだと勘違いしておりました」
此方の意見はこの無礼極まりない家令の言う事を全部聞いてからにするかと、皇毅は眉間に皺を寄せて黙り込む。
「三の姫とあんな事になっては、もう誰一人この家に嫁いで来る気になどならないでしょう。貴方が玉蓮に振られてしまえば葵家は今度こそ滅びます」
「……また家門の心配か。もういいだろうこんな風前の灯火みたいな家」
そのまま二人は暫く黙っていたが、ここで皇毅の頬を打つのは自分の役目ではないと凰晄は気持ちを抑えて目を伏せた。
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