奈落の底で
玉蓮は瞑目し、次いでニッコリと微笑んだ。
「今更、自分だけ助かろうなどとは思っておりません。どうか同罪で裁いて下さい」
今度は皇毅が意外な答えに驚いたようだ。
「お前には具体的な罪状が無いと言っただろう」
「いいえ、私……貴方様の大切なお命を、奪おうと致しました。私には何もありませんが、たった一つ誇りにしていた医術を悪用しようとしたんです。そんな自分が許せそうにないのです」
皇毅は苛々したような表情で舌打ちする。
「もう少し頭のいい女だと思っていたが、そんな事を私に向かってベラベラ吐いて、ただで済むと思っているのか。自分で自分が許せないなんて知った事か」
冷たく言い放ち、舐められたものだと言う視線を容赦なく向けてくる。
そんな事は玉蓮の口から聞かずとも知っていた。
それを踏まえて特別に恩赦してやろうと言っているのに。
玉蓮は溜め息を吐いたが、気持ちは楽になっていた。
甚だ自分勝手だとは分かっていたが皇毅に辛い気持ちを聞いて貰えて胸の痞がとれた気分だった。
皇毅は呆れ果てて去って行くかと思ったが、腕を組み眉間に皺を寄せたまま座っている。
するとまた妙な安心感に似た感情がムクムクと湧き出て来て、玉蓮は目をパチクリさせながら前に座っている皇毅を眺め始めた。
「大夫様……御詫びをさせてください」
「意味が分からんな、出頭以外どんな御詫びが出来るんだ。その体でも差し出すつもりか」
「いいえ、違います」
そんな体いらんと厭味を言う前に受け流され皇毅はいよいよ目眩がしそうだった。
「医女官として、最後に大夫様にお遣えしたく思います」
皇毅は盛大に溜め息を吐いた。
「そんな医女官いらん」
「もうすぐ私は罪人として宮城を去る身です。医女官としての資格も剥奪されましょう。でも、それでも最後の日まで医女官として誰かにお遣えしていたいのです」
「そんなもの、適当にその辺に転がってる病人でも診ていろ」
「命を狙った大夫様にお遣えしたいのです。もちろん見返りは望んでおりません。私の最後の贖罪にどうかお付き合いくださいませ。必ずお体の調子を良くしてみせます」
大夫様、と自然と縋る様に細い手を皇毅の方に伸ばす。皇毅はその白い手を眺めているだけで取ろうとはしなかったが玉蓮の心を安堵させる口調で「分かった」と答えた。
「見返りは無いぞ」
「ありがとうございます、大夫様」
ずっとこうしていたい。
この気持ちは何だろう。
今、目から流れる涙は今までのような不安や悲しみから出るものとは少し違う気がした。
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