紅御史の足跡


貴陽の街へ送り出す準備をする葵家の家人達が忙しない中で、いつの間にか玉蓮の姿も消えていた。

皇毅が用意された簡易的な丸椅子に腰掛けていると回廊に現れ此方まで走ってきた。

息を切らせている。

「相変わらず勇ましいな。か弱い貴族のお嬢様がよく走れるものだ」

「はい!馬にも乗れます」

その言葉に皇毅が瞑目すると布の包みが差し出された。
手にするとホカホカと温かいものだった。

「火鉢の網の上に焼石を乗せてあぶったものを布でくるんで参りました。お風邪を召されては大変ですので」

「自分の分も作ったか」

手にした布を袂に入れ視線を上げる。

「お気遣いありがとうございます。ちゃんと袂に入れてあります」

にっこりと微笑む玉蓮に皇毅は自分の手を差し出す。
すると暫くその手を眺めていたが、おそるおそる自分の手を乗せてきた。

指先が冷えていない事を確認すると皇毅は手を離し用意された外套を羽織った。
手を握る仕草を不思議そうに眺められると眉を顰める。

「行くぞ」

玉蓮は皇毅がする事の意味が分からないと落ち着かないようで、口をへの字にしつつ自分も外套を羽織った。
用意された外套は上等な毛皮ではなく、厚手の布にわずかな刺繍が施されている簡素なものだが無いよりは十分温かい。

正門では送り出しに凰晄と数人の家人が整列して待っており、端の凰晄が一礼し目を向けた。

「お気をつけて」

そしていらん嫌味を続けた。

「もし当主が一人で戻ってきたら玉蓮の捜索願を出します」

家人達は顔面蒼白になるが皇毅は無視せず振り返る。

「もし彼女や葵家の侍女が行方知れずになったら火急の印を捺して私に届けろ」

「はい。畏まりました」

訝しげに目を眇める。

侍女も行方知れずになる。
いまいちかみ合っていない会話だった。
家令は玉蓮が捨てられる事を警戒しているのだが何故それを当主自身に知らせるのか。

まるで皇毅が行方知れずになることを警戒しているかのようだった。

一度嵐の夜に連れ去られ順調そうであった二人の様子が一変した。

また同じ事が起こるのだろうか。
しかし当主は『侍女』とも告げた。また別の事情があるのかもしれない。

玉蓮は黙ってこそいたが皇毅が発する一つ一つの言葉を点として記憶に焼き付けていた。

無駄なやりとりなど一切無い。
何か大事な事を告げているのだろう。
表向きは薬屋へ挨拶へ行くとしているが、他に目的がある気がする。

家人達は皇毅が命じた事以外は動けない。
しかし自分は皇毅が意図するものを知ることが出来るかもしれないと胸を抑える。

(親の仇だろうと、……私は皇毅様の考えが知りたい)





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