紅御史の足跡


朝の貴陽は市の立つ時刻以外は人もまばらであった。

大通りに出ると貴族のものであろう軒が皇城へ向けて走っている様子が目にはいる。
懐かしい皇城、しかしそこにいた事が遠く感じる。

「私は外朝端の内院に寝泊まりしておりましたので、出仕する官吏様達の様子は初めて拝見しました」

「お前は以前夜中に歩いて帰ろうとしていたな。貴陽には結界のようなものがあり安全だと言われているが何が安全なのかサッパリ分からん。軒も使わず徒で出仕するくらいならば後宮で寝泊まりするが正解だ」

「そうですけれど……私毎日薬屋まで歩いて…いえ、」

言葉の途中で皇毅の腰から長く伸びる剣の柄を眺めた。普段持ち歩かないものだが、飾りではなく使われた形跡があるようだった。

確かにそれなりに治安は悪いようだ。

大通りを越えて小道へ入り暫く進むと天井から薬袋が吊された薬屋が見え、世話になった主人が薬草を並べていた。

縁があり助けてくれたのに事情も話せず消えてしまった自分を不快に思っているだろうかと瞳を滲ませる。
先を進む皇毅が躊躇無く主人に挨拶すると慌てて続いた。

「お久しぶりでございます。お世話になったお礼とご挨拶に参りました玉蓮です」

薬材店の主人は二人を交互に見たが黙っていた。
やはり相当怒っていると頭を低くする。
しかし声を聞きつけた奥さんが奥から飛んで出てきた。

「まぁ玉蓮さん、元気にしていたかい!お友達の秀麗さんから元気にしていますと聞いていたけれど、顔を見られて安心しましたよ」

嬉しそうにほくほく顔で手を握ってくれた。
無表情の男二人をおいて玉蓮は感動し手を握り返す。

「秀麗様が私の事を伝えに来てくれたのですか!慈悲深い天女様のような方でしたでしょう」

すると男二人が同時に声を発した。

「あれが天女か」「あの気合い入った娘が天女様じゃと?」

無表情な所と嫌味がダダ漏れるところはなんだか似ていた。

気にせず奥さんの話の続きが聞きたくて店の隅に移動する。
すると皇毅は店主に目配せして此方へ来いと指を倒し
向こうも反対側の店の隅に移動した。

どういう事か。
内緒話でもする気だろうか。

もしかしてその内緒話こそ皇毅が薬屋に来た目的ではないだろうか。
秀麗の事を悪く言われて聞く耳もたず離れたのはもしかしたら皇毅の計算のうちだったのか。
離れたのは間違いだったと玉蓮が再び近づくと右手でシッシ、と追い払われた。


−−−−−−なんということだ



皇毅達は話を始めると背を向けてしまった。
久しぶりに『おやつ丸薬』でも拵えようと思っていた玉蓮だったが二人の態度にそんな気持ちはとっくに飛んでいってしまった。
横にいる奥さんの方へ目を向ける。

「私が来なくなってから何かありました?」

なるべく怪しまれぬよう微笑みながら首を傾げて聞いてみると奥さんも同じように首を傾げた。

「おそらく秀麗さんが関わっていると思うのだけれど詳しい事はね……」

「え、やはり秀麗様が何か!」

玉蓮の瞳は大きく見開いた。





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