二人の客人


高く聳える大木にしがみついた秀麗は自分の妙な姿などまるで気にも止めぬ笑顔で微笑んだ。

皇城へ出仕しているはずの彼女が何故葵家の外壁に接した木に登っているのかも、此方を眺めているのかも分からない。
玉蓮は変な夢でも見ているような気分だったがハッと我に返って叫んだ。

「あ、危ないですから降りてください!そんな高い所から落ちたら大変です」

蒼くなる玉蓮に集まってきた侍女達も堰を切ったように喚き出した。

「紅ヤモリ!?」

「何がヤモリよ、明らかに柿泥棒よ!今、柿ついてないからバカな柿泥棒だわ」

好き勝手喚いたと思えば一目散に散ってゆく。
家令の凰晄に相談しにゆくのだと遠ざかる背を見れば想像がついた。
普段はつまみ食いしたり春画に色めくような侍女達だが主の家に異変が起こった時の行動は凰晄に仕込まれている為とても早かった。

ヤモリだ、柿泥棒だと騒ぎながら、本当は侵入者だと察している。

玉蓮の様子を見に来てくれたお人好しの秀麗は、呑気に手など振りながら木からするすると降りた様で壁越しから姿を消した。
元気な様子を確認したので満足して帰ったのだろうか。
しかしお人好しを越えたお節介な性格から今度は堂々と葵家の門を叩いて来るかもしれない。

紅家のお嬢様が遊びに来てくださったと温かく迎え入れてくれるのだろうか。

否、そんなはずはない。

「皇毅様に知れたら…」

凰晄が紅家に諂うとも思えないし、皇毅が訪ねてきた部下を迎え入れる姿は想像できなかった。
ほくそ笑んで罪状を盛りに盛って突きつける御史台長官の姿しか浮かばないではないか。

「こてんぱんに熨される……秀麗様を止めなきゃ…」

すっかり皇毅の性根が骨身に染みついた玉蓮は散っていった侍女を追い走り出した。

侍女達は一体どこへ行ったのだろうかと、葵家の正門まで走ってきたがそこには門番が立っているだけで静まりかえっていた。
雑巾を持ったまま走ってくる玉蓮に少し驚いたような表情をするが門番はいつもの様相で何も口にはしなかった。

「あの、お客様が来ませんでした?」

頭を下げて問いかけるとチラリと視線が向けられる。

「これは葵家の正門です。お客人ならば偏門または通用門から入られると思いますが」

思いもよらぬ言葉に戸惑う。

「でも私、皇毅様と一緒にいつもこの門から…」

そこまで言った所で言葉は消えた。
皇毅と一緒だったから、特別な存在だったから同じようにこの特別な門を使えたのだ。
そんな事も分かっていなかったのかと門番は無言で視線を背ける。

もうこの門を潜ることは出来ない。

(今は私の境遇を考えている場合じゃない。秀麗様がどうされたか確かめなくては)

背を向けたままの門番に一礼して通用門へと急ぐと、長い回廊から通用門で集まっている人影が見え、中心に凰晄が門を塞いでいた。

「秀麗様!そこにいらっしゃいますか」

姿を確認しないまま叫ぶと門の外から秀麗がひょっこりと顔を出した。





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