内緒話の行方
凍てつく回廊を進み東偏殿へと向かうと家人達の対の屋はとっくに灯がおとされており暗闇に包まれていた。
心情的に何処か一つでも明かり灯っていないかと視線を動かすと、ほんの小さな光が戸口から漏れている室があった。
あの室は侍女頭のものだったと思い出し戸口に近づいて指の先で控えめに叩いてみる。すると中から凛とした声色の返事があった。
お言葉に甘え戸を開けて中を覗いてみると縫い物をしていた侍女頭が視線を上げた。
玉蓮はこんな夜中に訪ねてきた手前かける言葉を考えてみるが気の利いた言葉は浮かばなかった。
「あの、遅くまでお疲れさまです……」
「眠れないだけよ。寒いから扉を閉めてください」
はい、と慌てて扉を閉めると侍女頭は蝋燭の灯りを増やし座るように促した。
普段からまとめ役となっている彼女は天真爛漫な侍女達とは一線を画しているような気がしていた。
その彼女が眠れないとは何か悩みでもあるのだろうか。
「この夜分に刑部尚書がいらしてなかった?門の前に留めてあった軒に見覚えがあったの」
「そ、そういえば、先程何方かお見えになっていたようですが、皇毅様と少しお話になってそのままお帰りになったかと思います」
「そう」
顔色のないまま侍女頭は俯く。
まさか、と玉蓮の瞳はこぼれんばかりに見開かれた。
「まさか、もしかして……!その刑部尚書様に想いを寄せていたりしますか!?」
「寄せてません」
………。
………。
そのまま寒々しい沈黙が落ちてしまった。
玉蓮は本気で言ったのだが、この寒い沈黙で顔色を失った。また空寒いことを言ってしまったようだ。
「玉蓮さんの脳天気で外したところには違和感しか覚えないわ。男の人はそういう脳天気さが可愛いと思っているのかもしれないわね」
「そ、そんな……大変失礼致しました」
小さく、小さくなって謝罪する。
後宮では女官達の相談事や雑談などほとんど武官や文官達の色恋い話ばっかりだったものだから、すっかり夜中の内緒話はこの手の話ではないかと勘違いしてしまったと弁明したかったが、それすら寒々しいので別の言葉を並べる。
「刑部尚書様でしたら、……あの方はたいそうご立派な方ですね」
「六部の尚書まで登り詰めた方ですから無論、貴女に意見される筋合いすらないと思います」
「……は、はぁ、それでは何か気がかりな事でもありましたか?安眠に訊くお茶でも淹れて参りましょうか。蓮心茶など心が落ち着きますよ」
脳天気さに違和感しかないと、そんな酷い言葉を投げつけても機嫌を損ねず、体調を案じる玉蓮の心遣いに侍女頭は口を歪めた。
この室で縫い物している自分よりもきっと玉蓮は葵家で起きようとしている事を把握しようと動いている。
もしかして、訪ねてきた刑部尚書と当主の内緒話にお茶を持って行く体で突撃してきたのかもしれない。
ならば、その情報をどうするのか教えて欲しい。
玉蓮という人を信じたかった。
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