内緒話の行方
侍女頭は縫い物の手を止めずに話し出す。
「この家に侍女として勤めている者達は、大抵当主様のご紹介で良い縁談があればと望んでいる女子達。けれど私は生涯この家に仕えても構わないと思っているの。私には帰る家がないから仕方ない事もあるけれど、紹介状もない私を拾って下さった凰晄様に恩があるから」
初めて侍女頭の身の上を聞いたが、玉蓮は彼女の身の上よりも気になる事があった。
「凰晄様、私には『紹介状出しなさい』って言ったのに……」
上から睨みつけて紹介状出せと手を突きつけてきた凰晄の姿が脳裏によぎる。
これは随分な差ではなかろうか。
そんな小さな衝撃を受けている玉蓮を横目に侍女頭は本題を突きつけた。
「刑部尚書は当主様に何か疑念があって探っているのではないかしら?かつて粛正されたように、またこの家が潰されてしまわないかと考えていたら気持ちが落ち着かないのよ。玉蓮さん、何か知っているなら教えてくれない?」
「え、」
何か知っているなら、
先程聞いた重大な話が蘇る。
−−−−凌晏樹は阿片を密造しているかもしれない、
−−−−皇毅はそれを止められない、
−−−−何故、そうなっているのか、それを刑部尚書は追っている
いずれ共倒れだよ、刑部尚書の低い声が脳裏に蘇った。
「私がお二人の内緒話を聞いたとします」
侍女頭の視線が上がる。
「それはどのような、」
そのきつい視線を受け玉蓮はゆっくりと一つ瞬きをした。
「もし聞いたとしても、皇毅様に関しての話は全てお墓の中まで持って行きます。皇毅様の秘密は、私の秘密と一緒に全部持って行くことにしているんです」
にっこり、と微笑む玉蓮に侍女頭は縫い物の手を止めた。
「私が信じられない?私は貴女やこの葵家を助けたいのよ」
「信じております。貴女と同じように手を差し伸べて下さった方もおりましたが、私は誰にも言わずに自分だけが知れたらそれでいいんです。だからごめんなさい。これからも皇毅様に関する事は私からはお伝え出来ないと思います」
手を差し伸べてくれた秀麗の顔が思い出される。
あの純粋さ、明晰さ、何一つかなわない。
彼女こそ謀反に荷担しているかもしれない者達をすくい上げる事ができるのかもしれない。
けれど彼女は大きな河の対岸にいる。
河の対岸にある正義を、紫劉輝を信じて戦っているのだ。
しかし此方にはこちらの、皇毅が信じる正義があるのだと今なら分かる。
ぶつかり合ったらどちらかの正義が終わってしまうのだろう。
それは誰にも止められないだろうし、玉蓮には知る事すら罪になるのだろう。
罪を犯す代わりに、誰にも漏らさず消える覚悟は出来ている。
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