亡霊か天女か


いつから後ろに控えていたかは定かではないが、気配は無かった。
しかし柱の影に隠れて聞いていたのかもしれない。
皇毅は冷たい双眸を更にきつく細める。

「俊臣殿、まさかわざと喋りましたか」

きつい視線に晒され俊臣はとぼける様に玉蓮が立つ暗がりを見据えた。

晏樹の名も、阿片という言葉も、そして皇毅が水面下で捜査している事もすべて聞かれたと思っておいた方が良さそうだ。
北の医倉を閉鎖に追い込み懇意の医女が殺された原因の阿片だ。正義の信念を首からぶら下げて刑部に協力すると言い出しかねないだろう。

「茶を置いて下がれ」

無駄な事を一応言ってみるが玉蓮は微動だにしなかった。

「キミ、以前にも提案したことだがね、刑部に鞍替えした方がいい。この皇毅という男は凌晏樹の罪を握り潰そうとしている。いずれは共倒れだよ」

意外すぎる刑部尚書の本音に皇毅は再び震撼した。
卒倒するほど驚愕したにも関わらず、表情は少し眉が動いた程度だった。

同じ司法省に属す大理寺長官とは疎遠だったが俊臣とはたまに刑部牢の中へ卓子を持ち込んで酒を呑むくらい仲良しだと勝手に思っていたのに、向こうからは悪の親玉だと思われていたようだ。

(バレていたとはな……)

今度は眉も動かない。
口が裂けても自白などしないが、皇毅にはまだ晏樹に死なれては困るのだ。黒決定なので刑部に捜査されるのも困る。

門下省は揺るぎない言官。
完全に貴族派の台頭となった皇毅には出来ない事が晏樹には出来る。
六部を牛耳る国試派に貴族派が有利になる意見を出せるのは旺季と晏樹だけなのだ。

今、大きな柱を倒す訳にはいかない。


−−−−−−あの方が王となるまでは……


この願いも俊臣に漏れ始めているのかもしれない。
しかし不当な拷問を受けても自白などありえなかった。
明らかな証拠といえるものが出ない限り、御史台長官までのぼり詰めた自分を追い落とす事など誰にも出来ない。
だからこそ晏樹に目を付けたのだろう。

そうはいくかと捜査権を御史台がもぎ取った。
真っ黒であっても御史台が捕縛出来れば、阿片の使い道だけは握り潰す事も出来る。
よくある『阿片密造』の罪で済むのだ。あとは官当でどうにでもなる。

握り潰す気満々のくせに皇毅は逆を言う。

「握り潰す気などさらさらありませんが、あん畜生に『阿片は中毒になるからやめておけ』と諭せない不甲斐ない貴族派仲間ですみません」

「話を逸らさないでくれるかな。凌晏樹が自分で使ってるならこんな躍起になるもんか。本当に御史を送っているんだろうね」

「何人も送ってます」


−−−−おほん、!

咳払いが室内に響いた。

あ、うっかり小栗鼠ちゃんの事忘れてたと俊臣がもう一度立ち尽くす玉蓮に視線を戻した。

すっかり忘れられていた玉蓮はどうやって話に入り込めたものかと考えとりあえず頬を膨らまして一言。

「小栗鼠ちゃんはやめてくださいと何度も申しております」






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