亡霊か天女か


「それで小栗鼠ちゃんはどうしたい?間諜として刑部に協力すれば愛する皇毅の役に立つし護衛もつけるから勝算はあるよ」

俊臣の漆黒の瞳が光っているように見えた。
微かな蝋燭の灯りに揺れている。

その問いに玉蓮は否、と返した。

「俊臣様は皇毅様は下手人と共倒れすると仰いました。本音は私に皇毅様を見限れと仰っているのでしょう」

揺れる漆黒の瞳が丸く見開かれた。

そして皇毅に向かって『やっぱりこの子イイネ!』と目配せする。
その気持ち悪い視線を逸らす皇毅の眸は対照的に暗く沈んでいた。

真夜中の客人は置かれたお茶を自ら引き寄せごくり、と飲み下す。
玉蓮が深い溜息を吐くと暗がりに白い息が闇に浮かんで消えた。

「断るのも勝手だがね。間諜は字が読めなきゃ話にならないし。ところで小栗鼠ちゃんは字はどれぐらい読めるんだい」

「凡そ二千字くらいでしょうか」

その言葉に何故か横にいた皇毅がガクリ、と肘をついた。
嘘っぱちの虚勢ならばいいのだが本当な気がする。
二千字を識字出来れば大抵の書が読めてしまうだろう。
自分の室に読まれては困るものが無かったか脳内で書物を反芻した。

「結構やるじゃないか。やっぱり間諜をお願いしたいなぁ。褒美は金で払うし刑部がキミの身を保証するし、この男のペラッペラの吹けば飛ぶ愛より金の方が確かだよ」

「そうですね」

俊臣は気の毒な皇毅の為に読経してやろうかと持参した小さな木魚を取り出す。
しかしか弱い声だったが覆らぬ信念に満ちた言葉が続いた。

「確かに私は軽んじられておりますが、北の医倉で私が皇毅様の楯になって刃に当たった時に『二度と自分の為に命をはるな』と命じられました。その約束は守ります。私は自分の為にしか命を懸けません」


ぽくぽくぽく……


俊臣は木魚を叩き出し、無表情で二度断られた事を理解する。
皇毅の味方をしているのか、それとも嫌悪が過ぎて一縷の役にも立ちたくないと言っているのか。

よくわからなかった。

「小栗鼠ちゃんって不思議な子だね」

「この娘は俊臣殿の思いどうりにはなりません。使い物にならないというより、人の言うことをまるで聞きませんので悪しからず」

養い親の思うとおりにもならず、

手を差し伸べてくれた秀麗の手も振り払い、狐の面を被った晏樹をかわし

俊臣の提案も、皇毅の思いも、全部振り払う気でいる


「亡霊のような子だね」

「ぼ、亡霊……?」

謎の言葉を最後に俊臣は立ち上がり踵を返した。






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