蘇る旧情


この室に来たのはそう、皇毅が持っているであろう水銀入りの丸薬を全て捨てる為だった。

けれど……。

心地よい香りに包まれた玉蓮は夢の中でふわふわと幸せ気分に浸っていた。

明け方、家令が遠巻きに眺めている事に気がつかぬまま、ひっそりと西偏殿へ忍び込んだ。

玉蓮が静かに主のいない室の扉を開けると懐かしい物が次々と目に飛び込んでくる。
古い型の石畳も、年期が入って変な拘りまで感じる長椅子も変わっていない。

逆に考えれば玉蓮がいてもいなくても、何も違いがないのかもしれないと思えるほど、去った日のまま。

悲しい、そんな感情が湧き出る前に頚を振って自分が来た目的を思い出す。

簡素な室内には私用の棚がいくつもあるので、見つからないうちに調べ上げなければならない。
気合いを入れて袖を捲ったところで玉蓮の視線は奥の寝室へと縫い留められた。

思い出深い場所があった。

もう私の、とは言えないくせに変な独占欲が湧いてきてしまう。
皇毅の公休日にこの寝台で一緒に朝寝したことが浮かんできた。

あれだけ惨い棄てられ様だったのにまだ足りないのかもしれない。
皇毅を心から恨み、二度と関わりたくないと思えるには足りない。

はぁ、と溜息を吐いて寝台に座ってみる。

宮中で借りしていた小さな寝台の布団とは比べものにならないくらい柔らかく、良い香りが焚きしめられている。

いつでも皇毅が帰ってきてもいいように準備が行き届いていた。

玉蓮はまるでお地蔵さんにでもなったかのようにその場で固まっていたが、突然バタリと布団に倒れ込んだ。
誰かが見ていたら貧血で倒れたように見えたかもしれないが、ただ皇毅の寝台が懐かしくて寝てみただけ。

忍び込んだ先で何をやっているのだと叱ってくれる人もいないので起きあがれない。

懐かしさと昨日あまり寝れなかった疲れにすっかり負けてしまった。

(なんて心地好いのかしら。それにいい香り)

そんな玉蓮が夢の中へ落っこちるまで鐘三つ分もいらなかった。



−−−−−ぎゅう……


背中に妙な圧迫を感じて不快に思い瞳を開けると眼前には白い壁が見える。
どこかしら此処は、と一瞬分からなくなり身体を傾けるとムギュ、とまた背中に何かが当たった。

(………え、)

自分の背後でもう一人誰が寝ている。
その為自分は壁にへばりつかされているのだと感覚で理解した玉蓮は蒼くなった。

(私、寝ちゃったんだわ)

そして此処は一体どこだっけと、もう一度思案する。
皇毅の室へ忍び込んだような気がしたが、あれは夢で実際はまだ朝寝坊しいているだけかもしれない。

それならば後ろにいるのは玉蓮に自分の寝台を貸してくれた侍女なのだろう。
貸したはいいが、やっぱり自分も寝台で寝たいと入ってきたと推察できる。

そう、きっとそう。

玉蓮が恐る恐る振り返ると邪悪な視線が返ってきた。

「お前、人様の寝台でなに午寝している」

「ひぃ……!」

玉蓮はあまりの事にもう一度壁に向かってへばりついた。





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