蘇る旧情
白い壁に向かってグルグルと頭を回転させて思い出す。
まず何から……。
そう、昨夜葵邸へと戻ってきた。そして朝になってからこっそりと西偏殿で忍び込んで、皇毅が頭痛薬に服用している水銀丸薬を残らず棄ててしまおうとしたのだ。
しかし忍び込んだあと、棚の一つも捜索せず何故か皇毅の寝台で寝てしまった……疑いがある。
な、なにそれ!
「私が、巡察御史だったら……死んでいるわ」
錯乱した口から出た独り言を耳にした後ろの御史台長官はその耳を疑い震撼した。
誰が巡察御史のつもりなのだろうか、まさか敵陣へ乗り込んで大将の布団で午寝こいている自分の事だろうか。
だとしたら御史台の仕事舐め過ぎだろう。
「何故此処で寝ている。魂胆はなんだ」
それも本当に分からない。玉蓮の行動や考えている事はいつも読めなかった。
皇毅が玉蓮の行動を読めないのはきっと彼女が純粋かつ繊弱だから。
聡明な者や小賢しい考えをもつ者達の次の手は面白いほど読めるのに、玉蓮の行動は想定範囲を越えてゆく。
馬鹿の振りが出きる大賢ほど恐ろしいものはない。
まずそんな大物とは思えないが、玉蓮は薄々皇毅の正体に気が付いているのに帰ってきた。
奇っ怪な行動で周りを振り回しながらも強い味方を引き入れている。
こういう者にそこ足を掬われかねない。
背中から寒々しい声で問われ玉蓮は考えた。
親の仇の証拠を探す為に戻ってきたのだから、それなりの凛とした理由が欲しかった。
なんだかいい匂いがしたから、午寝してしまいましたとか言いたくない……。
「私は……ここに…しょ、証拠を…え〜と、水銀の丸薬がないかを調査しに参りました。これから調査に入ります」
「聞こえなかったか?何故此処で寝ているんだと訊いている」
ぎゅううぅぅ、と後ろから圧迫され壁にへばりつく。
このままでは潰される!
玉蓮は必死に頭を回転させた。
しかし、そういえばまだ午間なのに、そもそもどうして皇毅が寝台で寝ているのだろうか。
「痛たたた……あ、あの……皇毅様は何故今時分にこんなところでお午寝を?」
なんだろう、このやりがいの無い尋問は。
皇毅は半ば答えを聞いた気がした。
特に意味はありません、眠かったんです、だそうだ。
阿呆らしくなって侵入者を壁に押しつける中途半端な拷問を終了して、皇毅はぐったりと寝台に身体を休めた。
眠たいのはこっちの方だ。
うっかり永眠してしまいそうになるくらい、昏々とした疲労がのしかかっている事にようやく気が付いた。
丸薬をのんで凌いできたものが一気に崩れてくるような感覚に襲われる。
そういえば、早く皇城へ戻らねば朝議が始まってしまう。
主上の話はどうてもいいが、鄭悠舜が朝議に顔を出さない者達に目を光らせている。
疫病の村への派遣に関して上申しているのだった。
その回答も急いでいた。
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