天命尽きるまで


女など愛せば、後々苦杯を舐めることになる。
分かっていた事なのに、何故か玉蓮は愛しても平気だと思っていた。否、高を括っていた。

身分も高くなく戸籍すらない罪人。
皇毅の進む道を邪魔することもなく、愛だけを頼りに生きてゆく。
だから安心だと思った。

ねじ曲がった皇毅の心を癒してくれたら、それでいいだけの存在。
愛とは、そんな家や身分に縛られず、打算の無いものだと。

純粋なつもりだった。

しかしそれは純粋な愛とはほど遠いものだったと、今玉蓮を目の前にして心の中で懺悔するしかない。

−−−−お前と、私のつまらない信念を天秤にかけた結果がこれだ

その罰が下ったのだろう。
殺し損ねたあの村の娘が生きていて、飛燕姫の日誌を読み真相に迫って来ている。
そんな女に打算無き愛情を抱いてしまったのは飲み干さねばならない苦杯に相違ない。

叩頭する玉蓮の髪が乱れ地面に落ちるのを目にし、自然と手を伸ばすが、もう触れていい相手ではないとその手を下げる。

玉蓮は困ったように眉を下げ、けれどもう、二度と皇毅を愛する事はないのだろう。
偽物の笑顔を貼り付け、触れられる度に吐き気を催しながらもそれを必死で隠すに違いない。

受けた恨みを忘れる事はない。
一族誅滅を受けた皇毅と同じように。

「いつまで地べたに這い蹲っている。無駄だと分かったらさっさと立て」

むっつりした表情のまま立ち上がった玉蓮は皇毅を睨み眉を吊り上げた。

「私諦めておりません」

「………そんなに死にたいのか」

今まで濁してきた言葉を突きつけた。
お互い薄々と仇同士だとは気がついているが、それでも、どうしても過去をほじくり返してほしくない。

恐ろしい記憶がある。

妻が村に取り残された、助けてくれ、そう懇願した貴族の男。
皇毅は半狂乱で村に戻るその男を見殺しにした。
男の足許では成り行きを無言で見ていた少女がいた。

亜麻色の髪に薄い瞳、同じく皇毅に懇願する。
けれど助けなかった。

その少女が成長し今目の前にいる。過去をほじくり返してゆくうちに、旺季の犯した罪、そして皇毅の犯した罪が露呈するだろう。

全てを知った時、彼女がどんな表情で自分を見るのか、そして仕返しに刃をとるのか。
そんな事は知りたくない。

(俺は一人、出遅れすぎた……)

晏樹、そして玉蓮を始末する為に動いた男は皇毅よりもずっと早く、この可能性に気がついていた。
愛情に囚われて出遅れた自分は何をするべきなのか。

「私は、どんな事があろうと天命が尽きるまで死にません。村が焼かれても、一族が流刑になろうとも、私が此処にいるのがその証です」

「天命か……」

皇毅はぽつり、と漏らした。
天命が尽きたと思えば、命を諦めるようにも聞こえる。

「最後にもう一度言う。今すぐこの場から消えれば見逃してやる。自由を得て薬房でも営んでいればいい。その自由を捨て、過去に拘るならば、それは『復讐するため』に相違ない」

選ばせてやると皇毅の双眸に深い闇が落ちてきた。どんなに残忍な顔をしていることだろう。




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