天命尽きるまで
「今すぐこの場から去って自由を得るか、私の後を追い復讐を果たすか。お前が選べ」
もう十分すぎるくらい警告はした。
凰晄が迎えを出さなかったのも、彼女なりの苦渋の選択だったに違いないが有能な家令はあの嵐の夜に悟ったのだろう。
玉蓮の厄介な素性も、それを知った皇毅が見棄てたことも。
そして皇毅が守ってやらなければ、どうにもならないことも。
「皇毅様に会えて……良かった」
「…………」
「もう、私のことを寸毫すら愛していないと分かりましたから。だから私も、もう苦しまないで済みます。『愛』に縛られずに、進んでゆけます」
それは違う、と喉まで出掛かったが、言えるわけもない。
皇毅が瞑目すると玉蓮は拳を一度きつく握り告げた。
「皇毅様のお邸へ連れて行ってくださいませ」
硝子玉のような玉蓮の瞳には、もう感情は込められてはいなかった。
瞳から悲しさや困惑すら消えていた。
−−−−『復讐する』と決めた
−−−−天命が尽きるまで
「馬鹿な女だ」
違う、皇毅が守れば、きっと全てが違った。
誠実な愛で包んでやれたら、過去を償うと誓ってやれたら玉蓮はこうはならなかった。
(馬鹿なのは……俺か)
どうしても動かない天秤
旺季を王にする野望と、何があっても朝廷にいると誓った天秤が動かない。
「皇毅様が此処で私に手を掛ければ、陸清雅様、紅秀麗様どちらかが私の亡骸を追ってきます。だから、私の天命は此処では尽きません。連れて行ってください。私にはもっと相応しい場所があるはずです」
そう、今は博打の一斉検挙中だ。
配下の御史が数人動いている。この場で検挙するべき者が死んだとなれば必ず捜査が入るだろう。
特に清雅と秀麗、両名は執念燃やして追ってくるに違いない。
−−−−もっと相応しい場所
玉蓮の言葉は突き進む未来を的確に予見していた。
これほど聡い女だったとはと皇毅は深い溜息を漏らした。
彼女は皇毅を好いている振りをしない。色を使って女人の関所となれば簡単に騙せるとは考えていないようだ。
「私を過去に、あの場所に連れていってください。そこで私の天命が尽きるとしても……それで構いません」
過去に連れて行くなど出来っこない。
しかし、皇毅の脳裏に晏樹の声が降ってきた。
『そろそろ紅州から鉄を動かすよ』
『疫病がおこりそうなところがある。それは皇毅にお願いするよ……』
あの場所……そうだ、同じ事が起こる。
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