越えられぬ壁


玉蓮は臥台に身を預け皇毅の膝に寄り添った。

「夏になったら、避暑地へ連れて行ってくださると仰っていましたね」

「別邸のことか。あそこの露台はよく風が抜け夜になれば池に月が浮かぶ美しい場所だからな」

皇毅のお気に入りの場所。
瞳を閉じれば露台が瞼の奥に映り込んだ。
お気に入りの場所で龍笛を吹く皇毅の膝を枕にして横たわっている自分の姿。
そんな未来を想像し胸を膨らませていた事があった。もうすっかり忘れてしまっていたが、思い出せばそこには今でも夢に彩られた花が咲いていた。

「皇毅様はお気に入りの露台で何を奏でていらっしゃるのでしょうね」

「きっとお前にねだられた曲を健気に吹いていることだろう」

どんな曲を吹いてくれているのだろうと考えると、梅の木が見えた気がした。
皇毅が好きだという梅花が咲いている。

「梅の木を愛でながら牡丹亭を吹いてくださっている気が致します」

可愛らしい玉蓮の声とは裏腹に牡丹亭と聞いた皇毅は固まった。
吹くには長い、長すぎる。

膝の上に寝そべりそんな注文を平気でしてくるとは嫌がらされているのかと疑うが長いから吹けないとは言いたくない。

どうしたものかと考えていると玉蓮が膝の上で身じろぎをした。
上を向けば皇毅と目が合うのに、頑に背を向けて横たわっている彼女が今どのような表情なのか気になった。

夏になるまで一緒にいられる保証などどこにもなく、それどころか明日どうなっているのかもわからない。

もう一度だけ、問いたくなった。
これが皇毅に出来る最大の譲歩だった。

「旧情に免じてもう一度だけ考える機会をやろう。私のすること成すことに探りをいれたりせず、この邸内から出なければ生涯護ってやる」

それを聞いた玉蓮は背を丸めた。

「私は皇毅様が隠していることを知りたくて戻ってきたのです。だから、それは出来ません」

生涯隠れるように邸内で暮らす内縁の妻になれという事がどれほど酷な条件なのか、分かって言っているから余計に残酷だ。

「頑な奴だな……お前との出会いは偶然のようなものだったが、かなり目をかけてやったのだぞ。罪人を見逃す御史台長官として棺桶尚書に目を付けられても文句一つ言わない優しい男だっただろう」

これはきっと本気で言っている。
だから嬉しがるところなのだろうが、玉蓮はどうしても言わずにはいられなかった。

「宮中における罪人とは、一方に都合が悪い者達のことだと思います。初めて助けていただいた時、皇毅様にとって私は都合の悪い者ではなかった」

だから助けてくれた。

「でもきっと、今は都合の悪い人間になってしまったのでしょうね……そんな中で旧情を思い出してくださり、」

ありがとうございます

最後に振り絞った声が掠れてしまった。
肝心な言葉が涙で消えてしまった。

「やはり賢い女だなお前は」

それだけ言い棄て皇毅の指が頬に振れ撫でられる。
優しい人、最初に感じたものは間違いではなかった。




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