思い出の一コマ1 | ナノ
※三人の高校時代を構造しています。
※オリキャラ視点です











普段は同じ制服を着た生徒と教師ばかりが行き交う校舎に、今日は色々な服装の色々な世代の人達がひしめき合っている。いつもなら授業中で静まり返っている時間帯の今もガヤガヤとした喧騒が絶えず響いていて、そんな非日常な光景に高揚してしまうのを抑えられなかった俺は、買ったばかりでまだ使い慣れないカメラを持ってふらふらと学内を歩いていた。

今日は、俺の通う高校の、文化祭の日だ。
昨日と今日の二日間で行われる文化祭は、雲一つない秋晴れのお陰もあり、多いに賑わっていた。
写真部に所属する俺は、シャッターチャンスを狙うべく歓声のする方や人だかりの方へとあっちこっちを巡っていたものの、中々これぞという写真が撮れない。首から下げたカメラの重さに降参して、小休止を挟むことに決めた。
俺の首に掛けられた、無駄にデカくて重い一眼レフ。写真部の先輩に勧められて半ば強引に購入することとなったこのカメラのお陰で懐に大ダメージをくらった俺は、三年生のクラスが出す焼き鳥や揚げ物の匂いに反応して「食べたい」とおねだりする腹の虫の音に無視をして、足を進める。お願いを叶えてやりたいのは山々だが、現在の俺の財布には生憎そんな余裕などないのだ。
やたらと美味しそうに見える食べ物たちを出来るだけ視界に入れないように、早足で中庭へと向かった。



校舎の中や正門近くに張られたテントの賑やかさとは打って変わって、中庭には人気が少ないだろうという予想は当たった。幾つか設置されたテーブルに、ぽつりぽつりと生徒が座るのみである。
そのテーブルのひとつに、退屈そうにパンフレットを捲っているクラスメートの姿を見つけた。つまらない授業を受けている時と同じで、ぼんやりと上の空といった様子だ。いつも友人に囲まれた彼が一人で居るのは珍しい。

「よう、吉野」

向かいに座った俺に気付いた吉野は、パッと顔を上げた後で小さく落胆した。
「なんだ、トリじゃないのか…」
「なんだとは何だよ、失礼な。…でも、お前が一人でいるなんて珍しいな」
「…そう?」
「うん。だってお前、いっつも羽鳥や柳瀬と一緒に居るだろ?」
いつも吉野の傍に居るはずの人物の名前を出すと、吉野の肩がピクリと動いた。
「優は今たこ焼き買いに行ってて………トリは、彼女と一緒」
ふてくされた表情で吉野が言う。高校二年生の割に少し童顔なその顔は、まるで玩具を取り上げられて拗ねた子供のように口を尖らせると、益々幼く見えた。



吉野千秋、羽鳥芳雪、柳瀬優。



三人共、俺のクラスメートで、さっき吉野が言った「トリ」とは羽鳥の苗字をもじって付けられたあだ名で、「優」とは柳瀬のことだ。
羽鳥と吉野は家が隣同士の幼なじみで、柳瀬とは中学校以来の友人らしい。常に明るい吉野と、そんな吉野に引っ張られている羽鳥と柳瀬の三人組は、本人達の自覚のない内にクラスの名物的存在となっていた。

「つーか、なんで吉野はそんな顔してるんだ?…あっ、まさか羽鳥に彼女が出来て寂しいとか?」
あからさまにギクリとしてみせた吉野が、パンフレットを握り締める。盛大に皺が寄ったそれは、もう読めたものではないだろう。
「そ、そんなんじゃねーよ!」
ムキになって言われても説得力はない。立ち上がって反論しようとした吉野を制して、諭すように言ってやる。
「じゃあ、羽鳥に先を越されて悔しいとか?でも、俺達と羽鳥じゃ顔面偏差値に開きがあり過ぎるんだから、それはしょうがないだろ。諦めろ」
…いや、寧ろ諦めたい気分なのは彼女居ない歴イコール年齢な自分の方なのだと、俺の発言にポカンとした吉野を見て何となく敗北感を感じつつ思った。
大きな瞳に、長いまつげ、小さな鼻。いつもよく動く唇や、ぱちぱちとまばたきをする仕草、どれもに愛嬌があって、男の癖にやたらと可愛げがあり、女子の間でも「吉野って可愛いよね」と密かに言われていたりする。しかし後で「馬鹿だけど」と笑って付け足されるのが、吉野の愛すべきところだ。…ああそうですよね、顔面の偏差値が低いのは俺だけでしたよね。わかっていましたよ。
そんな俺の内心の劣等感には気付いていない吉野が、また口を尖らせる。
「別に、トリに彼女が出来たことが羨ましいんじゃなくて…」
「じゃあ何なんだよ」
言い淀んだ吉野に再び尋ねると、やっとごにょごにょと理由を語り出した。
「本当は今日は、トリと一緒に文化祭を見て回る約束してたんだけど、トリが急に彼女と行くって断ってきたから……」
「…もしかして、自分より彼女を優先されて拗ねてるのかよ?吉野は…」
呆れて笑い飛ばそうとした俺だが、思いの外寂しそうな顔をした吉野を見ると、笑うことが出来なくなった。

「………だって…今まで俺がトリの一番で、ずっと一緒だったのに…!」

本人にあまり自覚はないが、吉野は羽鳥に依存している所がある。何でもそつなくこなす羽鳥は、幼い頃からいつでも吉野が困っているとそれとなく手を貸してきたのだろう。現在の二人の、もうずっと昔から判を押したように繰り返されてきたようなやりとりを見ていると、それは察せられる。いつでも手の届く範囲に頼りになる幼なじみが居るから、目の前の無邪気で時々甘えたな少年が構成されたのだ。
吉野にとって羽鳥は、隣に居て当たり前の存在なのだ。吉野の頭の中では、朝に太陽が昇って夜には月が浮かんだりするように、羽鳥が自分の傍に居ることは当然のことなのだ。だから、羽鳥が自分から離れていくことは、まるで太陽が昇らないことと同じ位に、有り得ないことだと思っているに違いない。
本当は、羽鳥が居なくてもいつものように太陽は昇るし、月も浮かぶ。吉野もそれは理解している。でも吉野は、羽鳥の居ない日を経験したことがないから、ちゃんと朝も夜も訪れるのかどうか、不安に駆られてしまうのだろう。まるで、今まで親と一緒に寝ていた子供が初めて一人寝をする夜みたいで、苦笑せざるをえない。

…しかし、彼女が出来ても浮かれた様子もなく、寧ろ何故か少しだけ落胆しているように見えた羽鳥の横顔を思うと、第三者の俺が口を出すべきではないとは知りながら余計なことを言ってしまう。
―――彼女も出来て青春を謳歌している筈の高校生の羽鳥が浮かない顔をしているのは、多分この手の掛かる幼なじみが気掛かりなせいだ。

「お前がそうやって拗ねてると、羽鳥もお前を気にして、彼女といちゃつきにくいだろ?吉野のせいで羽鳥が彼女とぎこちなくなったら、お前も嫌だろう」
「……………分かってる」
吉野は俯いて、手の中のグシャグシャになったパンフレットを見つめる。
いつもは騒がしい癖に、今日の吉野は妙に元気がないようだ。……どうやら吉野にとって、今の事態は俺の想像以上に深刻らしい。

「まあ、今年の『お似合いカップル一位』に選ばれた位だし、羽鳥達の仲の心配をする必要もないけどな」
フォローを試みた台詞は吉野の琴線に触れたようで、突然ガバッと顔を上げる。
「そう、それだよ!何なんだよお似合いカップル一位って、面白過ぎるだろ…。…俺が将来漫画家になって学園ラブコメ書く時には、絶対にネタにしてやる…!」
「確かにネタでしかないけど、勝手にネタにしたら羽鳥に怒られるぞ……つーか、吉野」
急に意気込んだ吉野に釘を差しておいて、さっきから気に掛かっていたことを伝える。
「ん、何?」
「顔拭け」
いつの間にか、吉野の目には涙が溜まっている。ぱちくりとまばたきをすると、溢れそうだった涙が遂に一粒零れ落ちた。
吉野は喜怒哀楽が直ぐ表情に出る。今年の春から親しくなった俺でも何となく吉野の考えていることが分かる位だから、羽鳥や柳瀬には目を瞑っていても吉野の機嫌が分かるに違いない。赤くなった目を羽鳥に見られるのを吉野は望まないだろうから、俺はポケットの中を探って、しわくちゃになったハンカチを吉野に渡してやった。

「…あれ、俺、なんで泣いてんだろう…?」
「…無意識だもんな…。本当、どうしようもねー奴だよ、お前は。羽鳥が心配する訳だ…」
大人しくハンカチを受け取った吉野は、涙を見られた気恥ずかしさから、はにかんだ笑みを浮かべる。
「サンキュー。あ、ついでに鼻かんでいい?」
いつも元気な奴が落ち込んでいると調子が狂うもので、やっと浮上してきた吉野に安堵した俺もつられて笑みが零れた。
「吉野、鼻をかむならハンカチを返せ」
「いいじゃんか別に。お前、普段ハンカチなんかろくに使わないんだろ」
「……何故わかった。いいから、大人しく顔だけ拭いてとっとと返せ」
「やだね」
手を伸ばしてハンカチを取り戻そうとすると、さっとかわされる。

―――――そんなくだらないやりとりをしていると、突然ひやりとした声が掛けられた。



「………何してんの…?」







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