※羽鳥が天使という設定です 気が付いたときには、俺は広い広い部屋の中にぽつんと立っていた。 家具も装飾品も何も無い、ただ広いだけのがらんどうな部屋。天井は高く、大きなステンドグラスから差し込む日の光が不規則な筋をいくつも描く。窓の外には白い鳥が何羽か飛んでいて、その翼の音が静かな部屋の中ではよく響いた。 「目ぇ、まん丸にしちゃって。外を飛んでる鳩とそっくりだな」 不意に、くつくつと笑う声が聞こえた。 …かと思うと、さっきまで何もなかったはずの空間に、男が二人と大きな椅子が一つ現れている。一人はいかにも権力を誇示するために作りましたと言わんばかりの装飾過多で仰々しい椅子にふんぞり返り、もう一人は従者のように目を伏せて黙って傍に控えていた。 椅子に座った男は、さっきから呆然と立ち尽くしていた俺に、よく通る声で一言一言ゆっくりと語り出す。 「ようこそ、ここは天国だ」 天国?ここが?……まさか。 だって俺はついさっきまで学校の中にいたのだ。気だるい午後の授業の合間の十分休憩。次の授業が行われる化学室へ向かうべく、友人のお喋りを聞きながら階段を下りていた。友人は最近飼い始めた犬に夢中で、今日もその話をしていた。身ぶり手ぶりでその犬がいかに愛らしいかを伝えてくる友人の気持ちはわからないでもないが、辟易もしていたせいで相槌は少しずつ適当になる。俺が何度目の「そうか」を言ったとき、犬の尻尾の振り方を体現しようとした友人の腕が、たまたま側を歩いていた女の子にぶつかった。彼女の身体が、階段の方へとぐらりと傾く。 あっ、と思ったときにはもう身体が動いていた。細い彼女の手首を掴んで、踊り場へと引き上げる。彼女と俺の位置が入れ換わって、彼女が階段の上へ、俺は階段の下へと落ちていた。驚く友人の顔がゆっくりと遠くなる。一瞬、今の俺には羽が生えて飛んでいるんじゃないかと思った。 きゃあという誰かの悲鳴と、重たい何かが床にぶつかるゴトンという鈍い音がしたのが最後の記憶で…… ―――ああ、なんだ。じゃあ、きっと俺はあのとき死んだのかな。 「………あー、色々考えてるんだろうけど、とりあえず今は置いとけ。どうせそのうち全部わかるから。お前は俺の言うとおりにすればいいんだ」 俺がぐるぐると思考を巡らせるのを見飽きた片方の男が、ガシガシと頭を掻き上げながら椅子の上で片膝を立てる。側に控えた男はすかさず「行儀が悪い」とたしなめた。 相変わらず呆然と突っ立っている俺に、椅子に座る男は得心したように頷く。 「ああ、なんで自分が、目の前のうさんくさい男の言いなりにならなくちゃいけないんだ?って顔してるな。理由はあるぞ。なぜなら俺は神だからだ」 神?この、無駄にでかくて派手な椅子の上でふんぞり返る男が? 俺はもともと宗教に詳しいわけではないけれど、俺の思っていた神様のイメージはもっと威厳があって後光がさしていて…なんというか、この男は確かに偉そうだけど、ありがたみは無い。 自称神はにっこりと満面の笑みを浮かべて、俺を指差した。 「そんで、お前は今日から天使なんだ。神の使いな。天使は神様の言うことを聞かなくちゃいけない。だから、俺の言うとおりにしろ」 …………天使? 「そうだ、天使だ。だってお前の背には翼が生えているし、頭の上にも天使の輪っかが乗ってるだろ」 自称神の男の傍に控えていた男が、どこから取り出したのか大きな鏡を俺に向ける。そこに映る俺の姿には、確かに背中の辺りから白い羽が覗いていて、頭の上には蛍光灯みたいな輪が電源もないのに輝いていた。ああ、道理でさっきから背中のあたりがむずむずとすると思ったら、そういうことなのか。 「ちょっとは信じたか?素直で良い子だな、お前は。お前の前に来た奴なんか『これは夢だこれは夢だこれは夢だ力ずくでも夢だと思うんだ』ってぶつぶつ言ってるし、その前に来た奴なんか『宇佐見秋彦の小説で似た設定があったな』とか鼻で笑うんだぞ。全ッ然可愛くねーな、最近のガキは…。 ……まあ、とにかく。天使のお前に、神の俺から命令を与える。お前の仕事は、下界である少年に伝えることだ」 伝えるって、何を? 俺が訊ねると神は目を細めて、これまでで一番優しい顔で言った。 「そいつの死期をだ」 →next 2013.4.14 |