おとがめは夜のうちに

あのひと、やさしくないひは
いやらしいにおいがするの。
そしてナイチンゲールのようにささやくのよ。



すぐそばまで波の音が聞こえてくる様な
活きの良い魚しか売られていない。
これを食卓へ持ち込んだ日には竜宮城行きするんだ。

漁村の男は話しかける。
たくし上げたシャツの袖以下に
日光があたり続けるシチリア、市場。

まだ16だった俺はどこへいっても
退屈を水に浸すだけの日々を送っていた。
都会への憧れはない。
だがここに固執するだけの理由もない。

島の中でも俺はどちらかといえば
閉鎖的なところで暮らしていた。


隣で誰かが生まれれば村中に広まり、
隣で誰かが死ねば村中で弔う。


小さな村だ。

回りの人間がいくら世紀を重ねたって
この村は8世紀でとまっているんだ。





港へ出て、いわゆるシーズンには
少し外れた海辺に腰を下ろした。

やることも、やりたいこともないが、
海辺にだけしかないものが広がっていた。

時折俺は、俺自身が
海に似ているなと思うときがあった。
それはその年代特有の
無知からの自己投影であった。
海を語るにはまだ早すぎたが、
助長するように彼女が現れた。


「ここって退屈よね」

海は風が吹くと波がたつ。

「私、町からきたのよ」









彼女の言う町とはどこであったのか、
それは今だって分からない。
当時の俺の目の前に現れたのは
何ヶ月も待ちに待った映画の女優みたいな女だった。
亜麻色の髪、
腰は柳のようにしなやかに細く。
でも目は誰かを見るような目ではなく、
キスするように瞬きをしていた。

座っている俺の横に
傍若無人に座り込み、名前を聞かれた。
答えればよくわからないが頬にキスされた。
まるでクラスメイトの様に肩に手を置かれ、
耳元で「いっしょにおいで」と轟かれた。

彼女が乗り付けていた
真っ白なオープンカーに乗り込み
海岸沿いの道路を駆け抜けた。
知らない女だった。

だが彼女は首が見えなくなるほど
きっちりと上までボタンをかけていて
単なる安っぽい女ではないと感じた。

「ドライブよ、こんなの」

「・・・・・」

「嫌なことと一緒、いつもドライブ。
あなたもドライブしたいって顔してた。」

「・・・・・そんなこと」

その次の言葉をどう繋げていいかわからなかった。


彼女が知らないトンネルに入った。
反転した昼夜、流星群の中へ入っていく様なランプ。
彼女は運転席から中腰にシートの上へ立った。
しまいにはハンドルを、
ピアノの鍵盤でも奏でていた
軽やかな指のように離した。

アッという音はすぐに飲み込まれた。

彼女は泣いて、大げさに泣いてはトンネルの

見えない出口に向かって腕を広げた。

指を抜ける風は全部彼女だった。

風が俺の中に抜ける。

抜ける音は静かだ。

何もない、咎の夜を迎えた。

彼女はきっと、罪を犯しているんだ。

これは何の香水。

それはどこの匂い。

夜が終わる前に彼女を味わった。

彼女は言った。




「贖罪には及ばないの」

「知っている」

その日、生まれて初めて女を抱いた。


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