小説 | ナノ


▽ その手を取って3


 マルクト基地を後にした一行は門へと向かっていた。
 ある程度近づいたところでティアが緊張した声を飛ばす。
「隠れて! 神託の盾だわ」
 近くの茂みに一行が隠れると門の前に続々と神託の盾が集まってきていた。その中にシンクの姿が見えてレイは声を低くした。
「シンク……」
 シンク以外は四人いる。それも全員タルタロスに襲撃した者たちだ。
 魔弾のリグレット、妖獣のアリエッタ、黒獅子ラルゴが見える。
 耳を澄ませて聞いてみるとどうやらレイたちを探しあぐねているようだ。
「導師イオンは見つかったか?」
 リグレットの問いに門番をしていた神託の盾が答える。
「セントビナーには訪れていないようです」
 それに応じてアリエッタがぼそりとつぶやく。
「イオン様の周りにいる人たちママの仇……。この子たちが教えてくれたの。アリエッタはの人たちこと絶対許さない……」
 会話がそれるのを危惧したのかシンクが門番に問いただす。
「導師守護役がうろついてたってのはどうなったのさ」
「マルクト軍と接触していたようです。もっともマルクトの奴らめ機密事項と称して情報開示に消極的でして」
 ラルゴが悔し気に拳を握る。
「俺があの死霊使いに遅れをとらなければアニスを取り逃がすこともなかった。面目ない」
 そこで空から高笑いが聞こえてきた。聞き覚えのある声にレイとジェイドが顔を合わせてため息を吐く。すると空に浮かぶ椅子が降りてきた。
「はーっはっはっは! だーかーらー言ったのです! あの性悪ジェイドを倒せるのはこの華麗なる神の使者、神託の盾六神将薔薇のディスト様だけだと!」
 心底呆れた声音でシンクが言う。
「薔薇じゃなくて死神でしょ」
「この美しい私がどうして薔薇じゃなく死神なんですかっ!」
 まるで聞いていないようにそっけなくリグレットがシンクのほうに顔を向ける。
「過ぎたこと言っても始まらないどうするシンク?」
「……おい」
「エンゲーブとセントビナーの兵は撤退させるよ」
「しかし!」
 ラルゴが声を荒げる。だが努めてシンクは冷静だった。
「アンタはまだ怪我が癒えていない。死霊使いに殺されかけたんだ。しばらく大人しくしてたら? それに奴らはカイツールから国境を越えるしかないんだ。このまま駐留してマルクト軍を刺激すると外交問題に発展する」
「おい! 無視するなー!」
 ディストの叫びもむなしくリグレットは表情を鋭くした。
「カイツールでどう待ち受けるか……ね。一度タルタロスに戻って検討しましょう」
 ラルゴが叫ぶ。
「伝令だ! 第一師団撤退!」
 ラルゴが言い放つと兵が機敏に撤退準備を始めた。リグレットたちもタルタロスに戻るのだろう。セントビナーを背に歩き始めた。たった一人ぽつんと残して。
「きぃぃぃっ! 私が美と英知に優れているから嫉妬しているんですねーーっ!」
 そう言って空飛ぶ椅子が飛び立った。

 ***
 
「しまったラルゴを殺り損ねましたか」
 口惜しそうなジェイドにレイは軽く笑った。
「珍しいな。お前がしくじるなんて」
「あの状況下で完璧を求められても難しいと思いますがね。簡単に人質に捕られた方もいますし」
「おい、俺への文句があるならちゃんと言えっての」
 半眼になったルークにジェイドが笑う。
「次からは気をつけてください? お世話ばかりはしておけないですからね」
「わーってるっつの」
 ガイが唸る。
「あれが六神将……初めて見た」
 ルークが首を傾げる。
「六神将ってなんなんだ?」
「神託の盾の幹部六人のことです」
「でも五人しかいなかったな」
「黒獅子ラルゴに死神のディストだろ。烈風のシンク、妖獣のアリエッタ魔弾のリグレット……と。居なかったのは鮮血のアッシュだな」
 ディアが冷静な声で言う。
「彼らはヴァン直属の部下よ」
 するとルークは嬉しそうに声を上げた。
「ヴァン師匠の!?」
「六神将が動いているのなら戦争を起こそうとしているのはヴァンだわ……」
 イオンが静かに言う。
「六神将は大詠師派です。モースがヴァンに命令しているのでしょう」
 イオンの言葉にティアが異を唱える。
「大詠師閣下がそのようなことをなさるはずがありません。極秘任務のため、詳しいことを話すわけにはいきませんが、あの方は平和のための任務を私にお任せくださいました」
「ちょっと待ってくれよ! ヴァン師匠だって、戦争を起こそうなんて考えるはずがないって」
 酷く冷徹にティアが言い放つ。
「兄ならやりかねないわ」
 ルークが声を荒げる。
「なんだと! お前こそモースとかいう奴のスパイなんじゃねぇのか!?」
「二人とも落ち着いてください!」
 イオンの仲裁にガイが頷く。
「そうだぜ。モースもヴァン謡将もどうでもいい。今は六神将の目をかいくぐって戦争を食い止めるのが一番大事なことだろ」
「……そうね、ごめんなさい」
「……ふん。師匠を悪く言う奴は認めねぇ」
 険悪な雰囲気はそのままだが、一段落したと思ってレイは溜息を吐いた。今仲間割れをするのは時間が惜しい。隣にいてじっと状況を見ていたジェイドが口を開いた。
「――終わったみたいですねぇ。それではカイツールへ向かいましょうか」
 レイとガイが同じように顔をしかめる。
「あんた、いい性格いてるなー……」
「気にしてると身が持たないぞ」

 ***
 
 しばらくすると街中に居た神託の盾たちは全員いなくなっていた。ひとまず危機を脱することが出来てレイは肩の荷を降ろした。
「これでカイツールへ行けるな」
 ジェイドが頷く。
「兵も引きましたし今のうちに行っておいたほうが楽ではありますね」
「さっさとカイツールまで行っちまおうぜ!」
 門を抜けようとルークが先頭を歩いていく。それから少し遅れてイオンが門を出ようとしてふらついているのに気が付いた。
「イオン様! 大丈夫ですか?」
 抱きとめるとイオンが青ざめた表情をしていることに気が付いた。
「すみません大尉。わがままを言ってすみませんが少し休ませてもらえませんか?」
 ルークが振り返りイオンの表情を見る。
「……ん? おまえまた顔色が悪いな」
「すみません」
 頭を掻いたルークがジェイドに視線を移す。
「おい、宿屋に行こうぜ」
「おや、案外優しいところがあるのですね」
 ガイが笑う。
「そこがルークのいいところって奴さ使用人にもお偉いさんにも分け隔てなく横暴だしな」
「う、うるせぇ!」
 ルークが大股で街の中へと入っていく。照れ隠しなのだろう。どうしても幼さは残るがほんの少しルークに好感を持った。


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