小説 | ナノ


▽ その手を取って4


 宿の手配を済ますと全員がイオンの体調を心配して一つの部屋に集まっていた。
 イオンの体調は芳しくなく、ベッドに座り込んでいる。そこにジェイドが問いかけた。
「そういえばイオン様。タルタロスから連れ出されていまいたが、どちらへ?」
「セフィロトです……」
 ルークが首を傾げる。
「セフィロトって……?」
 ルークの疑問にティアが口を開いた。
「大地のフォンスロットの中でもっと強力な十か所のことよ」
「星のツボだな記憶粒子っていう惑星燃料が集中してて音素が集まりやすい場所だ」
 するとルークは頬を少し赤らめた。
「……し、知ってるよ。もの知らずと思って立て続けに説明するな」
 レイはわざと口をはさむ。
「これでまた少し賢くなったな坊ちゃん」
「テメェ!」
 レイを睨みつけてくるルークに我関せずといった様子でジェイドが続ける。
「セフィロトで何を?」
 イオンは表情を硬くした。
「……言えません。教団の機密事項です」
「そればっかだなーむかつくっつーの」
「すみません」
 頑ななイオンの追及を諦めたのかルークはジェイドのほうへと向く。
「そうだ。ジェイド、お前は? 封印術って体に影響ないのか?」
「多少は身体能力も低下します。体内のフォンスロットを閉じられたわけですから」
 ミュウが嬉しそうに飛び跳ねる。
「ご主人様優しいですの」
 顔を真っ赤にしたルークがミュウに向かって怒鳴る。
「ち、ちげーよ! このおっさんにぶっ倒れられると迷惑だから……」
 ガイがにやりとしながらルークのほうを見る。
「照れるな照れるな」
「照れてねー!」
「全解除は難しいですか?」
 ティアが問いかけるとジェイドが答える。
「封印術は、一定の時間で暗号が切り替わる鍵のようなものなんです。少しずつ解除してはいますがもう少しかかりそうですね。まあ元の能力が違うので多少の低下なら、戦闘力はみなさんと遜色ないかと」
「むかつく……」
「すみません。根が正直なもので」
「ふん。じゃあお強い大佐様にイオンを任せるとして俺たちも寝ようぜ」
 そうしてルーク、ガイ、ティアが部屋に戻ろうとした時だった。
 ガイのポケットから金属製の丸いものが落ちた。それをレイが拾いあげると目を見開いた。
「これは……!」
 ガイが気付いて振り返る。
「ああ、ありがとさん」
 ガイがレイの手からそれ手に取る。
 少し古びた懐中時計だ。綺麗な細工がされており、一般市民である人間が持てなさそうな代物だ。チェーンが少し壊れていたようで金具がへしゃげていて落ちそうだったのだろう。だが、レイが驚いたのはそこではない。
「……お前、これをどこで?」
 ガイはふっと表情が柔らかくなり懐中時計を見やる。
「幼いころ、ある令嬢に貰ったんだ。また会える日まで持っていてほしいって」
 レイは息を飲んだ。その表情にガイが首を傾げる。
「これがどうかしたか?」
 レイははっとなり首を振る。
「いや、なんでもない」
「そうか? また明日な」
「ああ」
 そうしてガイも自分の部屋へと戻っていき、立ち尽くしたままのレイが俯いた。
 嬉しいのか、悲しいのかわからない。複雑な表情をないまぜになってレイは誰にも聞かれないような声で呟いた。
「――ガイラルディア」

 ***
 
 ガイはルークと二人部屋で夕暮れを過ごしていた。ルークは疲れていたようで身動きすらせず眠っている。よほど辛い旅路だったのだろう。巻き込まれてしまったのは運が悪いが、ガイにとっては悪い事だけでは二と思っている。レイとルークの仲は険悪だが、それはまだお互いを知らないだけだ。何かきっかけがあれば仲良くなれそうな気がしている。
 するとドアをノックされた。ルークは当たり前のように寝ていて反応がない。ガイはベッドから立ち上がり、ドアを少し開けた。すると宿屋の番台がいた。突然の来客にガイは驚く。
「どうかしましたか?」
「これを渡すようにと仰せつかっただけなんです」
 まさか神託の盾が何か動いたのだろうか。警戒していると番台はすっと一枚の紙を渡してきた。宛名を見てガイの目が見開かれる。
 ――ガイラルディア・ガラン・ガルディオス様へ
 ガイの背筋が一気に凍る。いつ、どこで、誰に正体を知られたのだろう。記憶を巡らせても特に見当たらない。番台の肩を掴む。
「これ、誰が持ってきたのかわかりますか?」
 番台は困惑したような表情になった。
「どこかの令嬢みたいでした。白いドレスにべっぴんさんだったですけど」
 女性? そんな知り合い居ただろうか? キムラスカでなら知り合いはいっぱいいるが、ここはマルクトだ。知り合いなんているわけがない。居たとしてももう死んでいる。五歳の誕生日にみんな死んでいった。あの戦争で。わからないなりに考えてみたが、一向に答えは出ない。
「そうか、ありがとう」
 番台は怪訝そうな表情をしていたが、ゆっくりと扉を閉める。
 ガイは宛名の裏を見た。書いてあるのはたった一文だけ。
 ――夕方、ソイルの木の前で待っています。
 もう夕方だ。ガイは走りだした。
 どのような意図でこんなことをしてくるのかわからないが、今素性がばれるのは非常に危険だ。場合によっては口封じをしなくてはならない。冷汗が頬を伝う。ガイは宿を出てソイルの木へ向かった。ソイルの木が目の前になった時、顔が見えないようにレースが幾枚も重ねられている帽子と純白のドレスを着た女が立っていた。様子をうかがっているとちらりとこちらを見た。口元がゆっくりと口角が上がる。
「そんなに警戒せずとも私は貴方に危害は加えません」
 バレていたのかとガイは目を見開く。だが、すぐ平静を取り戻し、女性の前に立つ。
「いや、警戒するでしょう? あの名前を知ってるのはもう数人しかいないんでね。まどろっこしい詮索はなしだ。……貴女は誰だ?」
 すると彼女はクスクスと笑い始めた。ガイの表情が険しくなる。
「何が可笑しい!」
「レイア・クラウデイウスとでも言いましょうか」
「生憎、聞いたことがないな」
「そうでしょうね。貴方に名乗ったのは初めてですもの」
「馬鹿にしているのか?」
「いいえ。そうではありません」
 そう言ってレイアと名乗る人物はソイルの木を見上げる。
「あなたは忘れてしまったんですか? ここで約束したことを」
「っ!……まさか、君は!」
 ガイは瞠目した。ここで約束したのはただ一人だ。
 復讐に捕らわれていた自分に手を差し伸べてくれた少女。数日の間だけれど彼女と交わした二つの約束。彼女との約束はまだ果たせていない。
 レイアはガイに手を差し伸べた。口元に笑みをたたえながら。求めるように手を差し出した。
「どうか、早く私を――」
 言い終わる前に彼女の口元がきつく結ばれる。
「こんな所で何をしている?」
 振り返るとレイが居た。ガイが肩を撫でおろす。
「なんだ、レイか驚かすなよ」
 レイは怪訝そうに眉をひそめた。
「なんだその言い草。それより誰と話していたんだ?」
 ガイがはっとして視線を元に戻すとそこには誰もいなかった。さっきまでそこに居たのに。
「ちょっと、な」
 ガイの含みのある言い方にレイは怪訝そうにしたが、それ以上は聞いてこなかった。
 ガイは小さく呟く。
「レイアって言うんだな」
「レイア?」
 耳ざとく聞いていたレイがガイに不審そうな表情をする。
「いや、さっき話していた女性さレイア・クラウデイウスって名乗ってたんだ。いやー顔を見てみたかった大層な美人だったろうに」
「……その女本当にそう名乗ったのか?」
 レイの顔が一気に曇る。ガイは首を傾げた。
「ああ。何かあるのか?」
 レイは何か言いたそうにしたが、そうかと小さく呟いただけだった。

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