小説 | ナノ


▽ その手を取って2


 セントビナーの基地は他の都市の倍ぐらい大きい。セントビナーの総人口が二十五万人という大都市なのだから当たり前なのかもしれないが。
 基地に着くと門番にジェイドが言う。
「マルクト帝国軍第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です」
 続いてレイが門番に敬礼する。
「同じくマルクト帝国軍第三師団所属レイ大尉だ」
 二人の名前を聞いた兵士は目を丸くする。慌てて敬礼をした。いつも通りの反応である。ジェイドはそんなことお構いなしに彼らに告げた。
「グレン・マクガヴァン将軍にお取次ぎ願えますか?」
「ご苦労様です。マクガヴァン将軍は来客中ですので中でお待ちください」
 兵士が扉を開けてくれ、中に入るように促す。さっさと歩き始めたジェイドにつられてレイも歩を進めた。
 すると基地中に聞こえそうな大声で誰かが怒鳴り散らしている。
「ですから父上神託の盾騎士団は建前上預言士なのです。彼らの行動を制限するには皇帝陛下の勅命が……」
「黙らんか! 奴らの介入によってホド戦争がどれほど悲惨な戦争になったかお前も知っとろうが!」
 レイはその声に聞き覚えがあった。レイはジェイドを見上げる。ジェイドは笑ってその声のほうへと向かっていった。声は来賓を迎える部屋だ。ジェイドは怒鳴り声をよそにドアノブを捻った。レイが小声で嗜めるが、ジェイドはにやりと笑うだけだった。
 開け放たれたドアの先にはひげを蓄えた老人と中年の軍服を着た男がいた。
「お取込み中失礼しますよ」
 すると二人の視線がジェイドへと向く。
 老人は目を輝かせて、男は目をすがめてジェイドを見る。
「死霊使いジェイド……」
 男のほうは嫌悪感がありありと分かる表情と声だ。よほどジェイドが嫌いに違いない。対して老人のほうは嬉しそうに目を細めた。
「おお! ジェイド坊やか!」
「ご無沙汰しています。マクガヴァン元帥」
「ワシはもう退役したんじゃそんな風に呼んでくれるな。お前さんこそ、そろそろ昇進を受け入れたらどうかね。本当ならその若さで大将にまでなっているだろうに」
「どうでしょう。大佐で身に余ると思っていますが」
 そして老人の視線が滑り、レイを見て目を丸くする。
「レイ様! お久しぶりでございます」
 かしずこうとする老人に慌ててレイは止める。
「やめてくださいマクガヴァン元帥! 私にはもう――」
 幼いころのレイじゃない。その意図を汲み取ってか老マクガヴァンは笑みを深くした。
「いや、あなたは私にとって変わらずかわいいレイ様ですよ」
「元帥……」
「さて、そろそろ本題へまいりましょうか」
 割って入るジェイドにレイは眉間に皺を寄せたが、老マクガヴァンは軽く笑うだけだった。
「そうだ。お前さんは陛下の幼馴染だったな。陛下に頼んで神託の盾騎士団をなんとかしてくれんか」
 神託の盾があんな風に我が物顔で街をうろつかれるのは心外なのだろう。ほとほと困った様子で老マクガヴァンは眉根を寄せた。
 その様子にジェイドが笑う。
「彼らの狙いは私たちです。私たちが街を離れれば彼らも立ち去るでしょう」
「どういうことじゃ?」
「陛下の勅命ですので詳しいことはお話しできないのですよ。すみません」
 咳払いが聞こえそちらに視線を向けると渋い顔をした老マクガヴァンの息子のグレンがいた。
「カーティス大佐。ご用向きは?」
 さも今思い出したかのようにジェイドはグレンを見た。
「ああ、失礼。神託の盾の導師守護役から手紙が届いていませんか?」
 するとさらに眉間の皺を寄せたグレンが言う。
「あれですか……失礼ながら念のため開封して中を確認させてもらいましたよ」
 ジェイドは笑みを深くする。
「結構ですよ。見られて困ることは書いてないはずですから」
 グレンが手紙をジェイドに渡した。
 ジェイドは無言で読み進めると横にいたルークに差し出す。
「どうやら半分はあなた宛てのようです。どうぞ」
 ルークは気怠そうに手紙を受け取る。
「アニスの手紙だろ? イオンならともかくなんで俺宛てなんだよ」
 疑いながらも読み進めるうちに内容を理解したらしいルークの表情はどんどん虚ろになっていく。
「……目が滑る……」
 内容を一緒に見たのであろうガイがニヤニヤしながらルークの肩を肘でつつく。
「おいおいルークさんよ。モテモテじゃねぇか。でもほどほどにしとけよ。お前にはナタリア姫っていう婚約者がいるんだからな」
 これでもかというくらいにルークの表情がしかめられた。
「冗談じぇねーや、あんなウザい女」
 どんどん会話がそれていくのを感じたのかティアが口を開いた。
「第二地点というのは?」
 手紙の内容でアニスは先に第二地点へと向かうと言っていた。当然の疑問だろう。レイも第二地点の話は聞いてない。
 ジェイドがティアの疑問に答える。
「カイツールのことです。ここから南西にある街でフーブラス川を渡った先にあります」
 ガイが安心したように言う。
「カイツールまで行けばヴァン謡将と合流できるな」
 ティアの表情が曇る。
「兄さんが……」
「おっと。何があったかは知らないがヴァン謡将と兄妹なんだろ? バチカルの時みたいにいきなり斬り合うのは勘弁してくれよ」
「……わかってるわ」
 視線をそらしたティアの表情は悲しそうだった。レイは首元にあるチョーカーを撫でる。
 ――陛下。
 どうしたら兄妹で斬り合うことになるのだろう。剣を陛下の喉に押し当て表情を見る。ただレイの目をじっと見たまま陛下は動かない。そのことに業を煮やしたレイは怒りに任せて……。少し想像してしまってレイはかぶりを振った。あまりにも生々しくリアルだったから。
「では、私たちはこれで失礼します」
 老マクガヴァンがジェイドとレイを真剣に見つめる。
「神託の盾に追われてるならわしが力を貸すぞ。わしはここの代表市民に選出されたんじゃいつでも頼ってくれ」
 ジェイドがにこやかに言う。
「ありがとうございます。元帥」
 レイは老マクガヴァンの手を取って笑いかけた。
「長生きしてください。元帥」
 撫でる手はしわくちゃだ。次いつ会えるのかはわからないがまた会いたい。そんな気持ちを汲み取ったのか老マクガヴァンは朗らかに笑った。
「大丈夫ですよレイ様。またあなたの姿を見るまでは生きておりますゆえ。いつでも遊びに来てくだされ」
「……はい」
 握った手を離し、レイは振り返らず歩いた。

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