小説 | ナノ


▽ その手を取って1


 セントビナーの街並みはとても綺麗だ。色合いのある石畳に所々レンガが使われている。そしてなんといっても圧巻なのが中央に大きなソイルの木だ。樹齢二千年と呼ばれるほどの大木に人々は誇らしげに胸を張る。
 枝葉は街を覆いそうなほど伸びており、とても街中とは思えないほど空気が澄んでいる。
 レイにとってもこの場所は思い入れがある場所だ。ある少年と約束した。かけがえのない場所。
 レイはあの日から変わらないソイルの木にふっと笑みをこぼした。
「どうかしましたか?」
 隣を歩くジェイドが目ざとくレイの表情を見ていたらしい。レイはぶぜんとした表情になってそっぽを向いた。
「別に、なんでもない」
「おやおや、照れたんですか? 相変わらずわかりやすいですね、あなたは」
「照れてないって言ってるだろう!」
 するとジェイドはにんまり笑って言った。
「このソイルの木は不思議な言い伝えがありますからね。見ていて損はないですよ」
 レイはこめかみを抑えて深く溜息を吐く。どうしてジェイドには自分の感情を読まれてしまうのか。他の誰にも読まれたことなどないのに。ジェイドだけは特別だ。悔しいという気持ちと恥ずかしいという気持ちが混ざっていっぱいになる。もう十年以上の付き合いになるからだろうか。でも、レイはジェイドの心情はあまり読めない。
 むっつりしているとガイがソイルの木を見上げながら感慨深そうに頷いた。
「この木には妙な話が多いんだ。随分前にこの木が枯れかけた時、他の草花まで全滅しかかったこともあったらしいな」
「ええ。ですからソイルの木と街の草花の因果関係も研究されていますね」
 後ろから付いてきていたルークが別段興味なさそうに伸びをした。
「ふーん。そんなことわざわざ調べてるんだな。物好きっつーか……」
「そうは言うけどな。この街で育つ草花ってのは他の地域では育たないんだよ。そうなるとやっぱり不思議だろう?」
 そうガイが言うと、ティアが考え深げに見上げながら言った。
「それならこの街は、ソイルの木のおかげで発展しているのかもしれないわね」
「なんだそれ」
 首を捻るルークに、再びガイがルークに解説する。
「この街は今は城砦都市としても知られているが、元々は薬品の製造で有名なんだ。俺たちが使ってるグミやボトルも、この街の花から作られているんだよ」
「へえ……」
 感心しているのか曖昧な表情を浮かべたルークにレイが改めて口を開く。
「だから、この木の存在は世界中にとって大きな意味がある。マルクトの重要拠点だ」
 するとルークはちらりとレイを見たが大きく欠伸をする。
「まぁ、オレにとっちゃどうでもいいけど」
 レイはルークの言葉に眉間に皺を寄せたが、ルークは気づかない。
 冷めた空気を感じたのか、ガイが割って入る。
「まぁまぁ、せっかく旅をしてるんだし初めて見るものも多いだろう? 楽しまなきゃ損だぜ」
「あー、まぁそうだな」
 納得したのか木を見上げているルークをよそにジェイドがガイに近づいてきた。
「ところでガイ、あなたはこの街に詳しいですねぇ」
「言っただろ。卓上旅行が趣味だって。色々調べてりゃ詳しくもなるさ」
「ま、そういうことにしておきましょうか」
 ジェイドは意味ありげに笑った。
 ジェイドの物言いにレイは首を傾げた。こんな風に言う時は何か思うところがあるけれど確信が持てない時にいう言葉だ。だが、ジェイドに問いただそうとも今の現状では聞き出しにくい。
 レイとジェイドは目が合った。
 けれどジェイドはゆっくりと笑って口元に人差し指を立てた。今は言えないということだろう。レイは頷く。
 すると道から走ってきた少年がジェイドにぶつかった。
「おっと。大丈夫ですか?」
「怪我はないわね」
 ティアが横にしゃがんで転んだ子供を起こしてやる。子供が立ち上がるとまじまじとジェイドを見つめた。
「おじさん、マルクトの軍人さんだよね」
「そうですよ」
「なぁおじさん。マルクトの軍人さんなら、死霊使いって知ってるか?」
 ジェイドを見上げて子供が言い募る。。
「……ああ、知ってますねぇ」
「オレのひい爺ちゃんが言ってた。死霊使いは死んだ人を生き返らせる実験をしてるって」
「え……?」
 ルークが驚いたような声を上げる。レイとジェイド以外のメンバーは言葉を失った。子供は更に真剣な眼差しでジェイドに言った。
「今度死霊使いに会ったら頼んどいてよ。キムラスカの奴らに殺されたオレの父ちゃんを生き返らせてくれって」
「そうですね。……伝えますよ」
「頼んだぞ! 男と男の約束だぞ」
 言い終わるとすぐに子供は駆け出して行ってしまった。
「大佐、すごいですの!」
 ミュウがきらきらとした目でジェイドを見る。確かに、死んだ人間を甦らせることが出来るとしたら、凄いことなのかもしれないが。レイは苦虫を噛み潰したような表情でそっぽを向いた。ジェイドの顔を伺うがあまり表情に変わりはない。
「おいおい、勝手な噂に決まってるだろ」
 馬鹿馬鹿しいとルークが一蹴するとガイが少し陰りのある表情で頷いた。
「そうだよな。本当なら、俺が頼みたいぐらいだ」
「誰か亡くしたの?」
 ティアが訊ねる。 レイも思わず振り返った。
「一族郎党……な。ま、こんなご時世だ。そんな奴は大勢いるよ」
 そう言って、ガイはティアに苦笑いする。
「ティアだって両親がいないんだろ。ヴァン謡将から聞いてるぜ」
「え、ええ……」
 突然、自分の話を振られてティアはたじろいだ。
 一方で、ジェイドは一人、口元に薄く笑みを浮かべて苦笑する。。
「……火のないところに煙は立ちませんがね」
「ジェイド?」
 イオンが不思議そうに見上げた。
「いえ、なんでもありません」
 指で押し上げて、軽く眼鏡の位置を直した。レイはあえて何も言わなかった。古傷を抉ることはしたくない。
 しんみりした雰囲気を壊すかのようにルークが言う。
「とっととマルクトのベースに行こうぜ!」
 ルークの言葉にジェイドが頷く。
「そうですね、親書が無事なのか早く確認しなければ」
 ルークがジェイドを睥睨した目つきで見る。
「アニスが、じゃなく親書が、なんだな」
 ルークの視線などものともせずジェイドが笑う。
「だーいじょうぶですよ、アニスなら」
 レイも頷く。
「アニスなら大丈夫だ」
「ええ。アニスですから、きっと無事でいてくれます」
 レイに続いてイオンも頷く。
「なんだか凄い言われようだな〜。そのアニスって子」
 唯一アニスと面識のないガイは、苦笑いしている。ジェイドは笑う。
「ははは。元気いっぱいの可愛い子ですよ」
「とても頼りになります」
 ジェイドは笑い、イオンは微笑んでそう言った。ルークは首を傾げる。
「そうなのか? 頼りになるようには見えなかったけど……」
「人は見かけによらないものですよ」
 含みのある言い方をするジェイドを、ルークは胡乱げな目で睨んだ。
「……なんか引っかかる言い方しやがるなぁ」
「気にしすぎですよ、ルーク。まぁ、お喋りはこれぐらいにして行きましょうか」
 笑ってジェイドは話を打ち切る。
「それでアニスって子が大丈夫な根拠はどこよ……?」
 取り残されたガイが苦笑を漏らした。レイはガイの背中を叩いた。
「彼女は優秀な導師守護役だ。必ず生きてる」
「だといいがなー」
「それより今は基地だ。見つかる前に行かなければ」
 ジェイドが頷く。
「そうですね、我々は少々目立ちます。早いところ基地に行きましょう」
 そう言って先頭を歩き始めたジェイドに一行は付いて行った。

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