小説 | ナノ


▽ 一人ぼっちの王子様5


 ドアを五回ノックするとひっそりとカギが開いた。レイは躊躇せず中へ入り、カギをかけた。誰かに見つかろうものならそれこそ問題だ。
 レイはガイに問いかける。
「問題が起こった」
「どんな?」
「お前の探してるのはルーク・フォン・ファブレで合ってるか?」
 ガイは目を見開いた。まさかかぎつけられるとは思わなかったんだろう。その反応を見ると、どうやら当たりのようだ。
「どうしてそれを……!」
「今タルタロスで拘束されている」
「なんだって!」
 驚愕して声を上げたガイに、レイは淡々と落ち着けと言ってなだめる。ガイがルークの存在を明確に提示しなかったのはこのいう事態を避けるためだったんだろう。レイは努めて冷静に言った。
「大丈夫だ。危害は加えない」
 するとほっとしたのかガイはベッドに腰を下ろした。それを見てレイはふうと息を吐いた。
「お前、キムラスカ人だったんだな。だから、あんなにも言葉を濁していたのか」
 その言葉にガイは一瞬ためらった。だが、すぐに口を開く。
「――そりゃあそうさ。ファブレ公爵の息子がのこのこ敵国の領地内を動き回っていたって知れたら何されるかわかったもんじゃない」
「とりあえず、タルタロスに居るうちは安全だ。キムラスカの領地に着いたら降ろせてやれる」
 ガイは眉をひそめた。
「どういうことだ? タルタロスはマルクトのものだろう? なんだってキムラスカに?」
 今度はレイが言葉に詰まった。真実を言っても問題がないだろうとは思っているが、ジェイドから口止めされている。ややあってレイは口を開いた。
「それは……言えない。国家機密だ」
 あれだけ協力してもらって言えないというのは心苦しいがガイは一般人だ。これ以上巻き込んでしまうのはよくない。
 ガイの冷ややかな眼差しがレイへと向いた。
「なるほどね、軍人さんは大変だな」
 明らかな嫌味にレイはガイから視線をそらした。
「とりあえず無事は保証するし、タルタロスでキムラスカまで送ることは確約する。それ以上はルークの返答次第だ」
 ガイが声を掛ける低くしてレイを睨みつけてくる。
「あいつに何をさせるつもりだ? 返答次第では――」
 ガイが言い終わるよりも早くドアがノックされる。ガイはドアの死角になる所へ即座に移動してレイはそれを確認した後、ドアを開けた。
「なんだ?」
 開けると兵が敬礼をする。ジェイドの副官のマルコだった。
「師団長がお呼びです」
「ああ、わかった。すぐに行く」
 そしてレイは一度ドアを閉めて小声で言った。
「とりあえずお前がこの部屋にいるうちは安全を保証する。兵たちに危害を加えたらお前はルークの顔を見るのがより遅くなるのを自覚しろ。いいな?」
 するとガイは肩をすくませて頷きはしなかった。だが、長く話すわけにもいかず、レイは扉の外へ出た。
 
 ***
 
 どうやらルークは自分たちに協力することを決めたらしい。だが、ジェイドの説明を聞いているルークの態度はあまり協力的ではない。どうせバチカルまで送ってくれる馬車か何かに勘違いしているのだろう。それほどに危機感がなく、無知だった。
 その態度を見ているとレイはイライラしてたまらない。早く出て行きたいところだが、事情説明にいちいちルークへの丁寧な『お勉強』の時間が必要になっていて、わずらわしい。
 ――本当にこんな奴をあいつは探してたのか?
 ファブレ公爵の命令なのだろうが、少なからずがっかりしている自分がいた。もっと性格の良い奴ならば良かったのだろうか。だが、ガイの言動や様子を見ていると本当に心配していたように見える。けれど、ルークを探す価値など本当にあったのだろうか。
 今もルークの態度は横柄で子供のようだ。とても見ていられない。
 レイは壁にもたれかかったまま、ただジェイドの説明を聞き流していた。
 ことの発端から、世界の実情、イオンの置かれた立場などを丁寧に教えていく。そしてイオンが口を開いた。
「教団の実情はともかくとして僕らは親書をキムラスカへ運ばなければなりません」
 そこですかさずジェイドの説明が入る。
「しかし我々は敵国の兵士。いくら和平の使者といってもすんなり国境を超えるのは難しい。ぐずぐずしていては大詠師派の邪魔が入ります。そのためにはあなたの力……いえ地位が必要です」
 そのあからさまな物言いにルークは気分を害したらしい。
「おいおい、おっさん。その言い方はねえだろ?」
 ジェイドはルークの地位が必要と言っただけで、彼自身を案じたわけではない。その意味を理解しているようだ。馬鹿ではないらしい。ルークを頬杖をついた。
「それに、人にものを頼むときは、頭下げるのが礼儀じゃねーの?」
 あまりにも不遜な態度にレイは驚いた。
 確かにジェイドの言い方は癇に障る。けれど、人に頭を下げるのが当たり前かの物言いには黙っていられない。
「おい……!」
 怒気を混じらせてレイがルークをにらみつける。するとルークは鼻で笑った。
「お前ら俺の協力が欲しいんだろ? ならやることは一つじゃねーか。なんならお前も頭下げてもいいんだぜ?」
 レイは舌打ちしてルークから視線をそらした。するとティアがルークに冷ややかに言った。
「そういう態度はやめたほうがいいわ。あなただって戦争が起きるのは嫌でしょう?」
「うるせーな。……で?」
 ルークはジェイドに視線を戻して促す。ジェイドは肩をすくませた。
「やれやれ」
 ジェイドはその場で片膝をついて、礼をする。それを見たマルコが声を上げた。
「師団長!」
 だが、ジェイドはその言葉を無視して言う。
「どうか、お力をお貸しください。ルーク様」
「あんたプライドねえなあ」
 ふっとジェイドが笑った」
「生憎と、この程度のことに腹を立てるような安っぽいプライドは持ち合わせていないものですから」
 するとルークは舌打ちする。
「……わかったよ。叔父上に取りなせばいいんだな?」
 ジェイドは立ち上がってにっこりと笑う。
「ありがとうございます。私は仕事があるので失礼しますがルーク様はご自由に」
「呼び捨てでいいよ。キモイな」
「わかりました。ルーク『様』」
 これ以上ないほどの笑みでジェイドが言い放つ。そして副官のマルコを引き連れて部屋から出て行った。
 イオンがすこし疲れた表情で笑いかける。
「僕も少し疲れました。風に当たってきます」
 そう言ってイオンも部屋から出て行く。
 話は終わっただろう。レイは壁から体を放し、続いて出て行こうとする。すると背後から声がかかった。
「おい、お前」
 ルークの声だ。レイは無表情で振り返ると、やはりルークがこちらを見ていた。
「なんだ? ルーク様?」
 ルークはまた舌打ちをする。
「お前といいジェイドといい。マルクトは失礼な奴ばっかだな! ――まぁいいや、お前名前は?」
「なぜそんなことを聞く?」
「お前ともこれから一緒にいるんだから名前聞くのは当たり前だろ?」
 確かにそうだ。だが、なんとなくルークには教えたくない。レイは無表情で言った。
「大尉でいい」
「それは階級だろ? 呼びにきーんだよ、ほら名前ぐらい言えるだろ?」
 レイは黙った。レイのことなど捨て置けばいいのに。本当にむかつくやつだ。だが、ルークの言うことはもっともだ。レイは仕方なく告げる。
「レイだ」
 すると、ルークは笑った。
「んだよ、ちゃんと言えんじゃねーか。よろしくな」
 こちらはよろしくするつもりはない。レイは何も言わず出て行こうとすると腹に響くような警報が鳴り響いた。部屋にいた全員の表情がこわばる。
「敵襲!?」
 ティアは鋭い声を放ち、立ち上がる。
 それと同じくしてレイは通路へ飛び出した。


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