小説 | ナノ


▽ 一人ぼっちの王子様3


「わあ! 中はこんなふうになってるんだな」
 タルタロスの船内をしきり見渡すガイは嬉しそうだ。それを見てレイも口元が緩くなってしまう。こんなに喜んでもらえるのなら、いつでも見せてやりたいくらいだ。
「一時間ほどしか見せてやれないが、満足できそうか?」
 ガイは大きく頷く。
「構わないさ、乗せてくれたことだけでも感謝なのに文句言うなんてありえない。甲板に行っていいか?」
 目を輝かせて言うガイにレイは苦笑いしながらも頷く。
「甲板はまっすぐ行って左だ」
「了解!」
 するとガイは走り出してしまう。慌てて追うべきかと思ったが、そこまでする必要がないだろうとゆっくりレイは歩いた。
 タルタロスに乗るのも久しぶりな感覚になってしまっている。ケセドニアの二日間がどうしても濃厚すぎて時間の感覚がおかしくなっているのだ。
 ジェイドに事の顛末をすべて話していたら、たっぷりの皮肉とお説教が始まってしまうだろう。それだけは避けたいと思いつつも、ガイのはしゃぎっぷりを見るとバレるのは時間の問題だろうと思ってしまう。ふうとため息を吐くが、先に行ってしまったガイには聞こえない。
 レイはゆっくりガイの後を追って甲板へ出た。
 すると空はやはり快晴でとても気持ちがいい。風が穏やかに通り過ぎ、髪を揺らす。思わず目を細めているとガイの声が聞こえてくる。
「さすが最新鋭の軍用艦。スケールが全然違うな! 景色もいいや」
 甲板の端で空を見わたしているガイがこちらを向いた。
「なあ、お前も見てみろよレイ!」
 レイはゆっくりと歩み寄り、同じように景色を見た。エンゲーブあたりはほとんど整地されていないのでのどかな風景が広がっている。ゆっくりと景色を見るなんてレイはしたことがなくて更に心が穏やかになった。今までそんな当たり前のことも目に見えなかったのだ。レイは今までそんなことに気付きもしなかった。
 ふっとレイは微笑む。
「……外はこんなにも綺麗だったんだな」
「ん? ああ、そうだな。のどかで綺麗だ」
「そんなことに今まで気づきもしなかった」
 なんて視野が狭い生き方をしていたのだろう。これではジェイドに説教されてしまうのは仕方がないのかもしれない。ふっと笑みがこぼれる。それを見ていたガイが同じように笑った。
「そんなの今から見ていけばいいさ」
「そうだな」
「ああ」
 すると穏やかだった空気を割くように地面が揺れた。慌てて二人は手すりにまる。地震ではない。タルタロスが動き始めたのだ。レイは動揺する。
 まだ、時間はあったはずなのにどうしたことだろう。まさか、敵襲から逃れるために動き始めたのだろうか。どうにせよ確認する必要がある。
 レイは険しい顔つきでガイを見た。ガイも困惑しながらも事態の深刻さを把握したようだ。レイはガイの腕をつかむ。
「何が起きたのか確認する必要がある。一緒に来い!」
「わかった。でも、引っ張らなくてもいい、ついていく」
「なら、私の部屋まで走るぞ! 恐らく緊急事態だ!」
 そう言ってレイは走り始めた。自分の部屋まで一直線に。まず、この状況で一般人が乗っていることが非常事態だ。どうにかガイの身を保護しなければならない。下手をすると敵のスパイだと思われて殺されかねない。
 二人は急いで通路を走り抜けてブリッジ近くにあるレイの部屋まで走った。途中、兵士たちが慌てて走り回っているのを見たので、事は急を要するのだろう。
 レイはガイと共に自室に入ってドアの鍵を閉めた。
 レイの部屋は簡素だ。置物もなければ、必要最低限のものしか置かれていない。
 このまま出発してしまえば、ガイの探し人がどこか遠くに行ってしまうかもしれない。
 またガイを巻き込んでしまう。それだけは避けなければならなかったのに、自分の浅はかさが嫌になる。レイは目を伏せて黙り込んだ。
 ガイが頬を掻く。
「どうやら、動き出しちまったみたいだな」
「ああ、すまない。巻き込んで」
「とりあえず、今は謝りっこなしだ。俺はここにいたことほうがいいんだろう?」
 レイは頷く。
「ああ、とりあえず人が来たらベッドの下にでも隠れていてくれ。何が起こるのかわからない」
「わかった」
「私はブリッジへと向かう。内容が分かり次第、部屋を五回ノックするからそしたら開けてくれ。それ以外は開けるな」
「了解」
 部屋の端にある箱の中に響律符が二つ置いてあるのを見つけてレイはそれを手に取った。
 一つは体に受けた衝撃を和らげるもの。もう一つは一時的に肉体を強化する作用を持つものがあった。ガイに響律符を投げる。ガイは受け取ると首を傾げた。
「響律符?」
「なにが起こるかわからない。用心のためだ」
「分かった。でも、何かが起こらないことを祈るよ」
「ああ、私もだ。では、行ってくる」
 そう言ってレイは外へと飛び出す。ブリッジに行けば何かしら理由がわかるだろう。レイは内心焦りつつもブリッジへと急いだ。
 
 ***
 
 ブリッジへ着くと黒いツインテールが揺れているのを確認する。アニスだ。
「アニス! どうなっている?敵襲か?」
 するとアニスは首を振る。
「違うよ。大急ぎでチーグルの入り口近くまでタルタロスを走らせろって大佐が」
 レイは目を見開く。
「ジェイドが?」
「なんか、タタル渓谷の第七音素の発生者を見つけたって言ってた」
 状況がよく呑み込めないが、要するに危険人物かもしれない者を捕まえようとしているということか。内心嫌な予感がする。
「それって、赤毛の男と亜麻色の髪の少女か?」
 今度はアニスが目を見開いた。
「はうあ! レイってば何で知ってるの?」
「いや、それは――」
 ガイが探している人物とは言えない。上手く言葉に出来なくて困っていると脇にいる兵士が声を発した。
「もうすぐチーグルの森です。停車いたします」
「ご苦労様ですー。では、数名兵をお借りしますね」
 兵士はアニスに敬礼して元の作業へ戻っていく。
「じゃあじゃあ、レイも行こうよー。どういう人たちなのかさ」
 腕を引っ張られてレイはそのままブリッジから出ていく。ガイをどうしようか悩んだが、このままアニスに連れられては何もできない。どうにか見つからないままガイが出て行くタイミングが作れるといいんだが。
 レイは少しばかり息を吐いてアニスについていった。
 
 ***
 
 タルタロスから出てチーグルの森付近へと出ると、ジェイドとイオン様、赤い髪の青年と亜麻色の髪の少女が丁度やってきたところだった。
 赤い髪の青年は顔立ちが整っているが、やや睥睨した面持ちでこちらを見つけ目を開いた。
「お? あの子お前の護衛役じゃないか?」
 イオンは穏やかに頷いた。
「はい、アニスですね」
 すると赤髪の青年ははレイのほうに視線が向く。どうも目つきが悪い。
「おい、あのオトコかオンナかわかんねー奴は誰だ?」
 ジェイドはにんまりと笑って青年に言う。
「はっはっは、私の部下です。いやーなかなかに面白い表現をしますね」
「失礼よルーク!」
 亜麻色の髪の少女が窘めるとルークと呼ばれた青年は舌打ちした。
「うるせーな、分かんねーもんはわかんねーんだからしかたねーだろ」
 ガイの探していた青年は彼だろうか。だとしたらかなり印象が悪い。レイがすっと表情を消して彼らに歩み寄る。
 その脇からアニスがジェイドに駆け寄った。
「おかえりなさーい」
 すると、背後に居たマルクト兵が彼らを取り囲む。彼らは驚いて目を見開いた。
「ご苦労様でした、アニス。タルタロスは?」
「ちゃんと森の前に来てますよぅ。大佐が大急ぎでっていうから、特急で頑張っちゃいました」
「おい、どういうことだ」
 会話の内容を聞いていたルークがジェイドに問い詰める。
 厳しい視線をジェイドは軽く受け流し、笑う。
「そこの二人を捕らえなさい。正体不明の第七音素を放出していたのは、彼らです」
 レイは驚いた。ガイの探し人が例のタタル渓谷で収束した第七音素を発生させていたとは。推測の域を出なかったが、ジェイドは確証があるようだ。どうやってジェイドはわかったのだろう。やはり、ジェイドはすごい。
 だが、レイの疑問なんて一切誰も説明はしてくれないだろう。兵が二人に詰めよるとイオンがジェイドに向かって懇願した。
「ジェイド! 二人に乱暴なことは……」
 ジェイドが微笑む。
「ご安心ください、イオン様。なにも殺そうというわけではありませんから」
 ただ、とジェイドは人の悪い笑みを浮かべて言う。
「――二人が暴れなければ」
 ジェイドの言葉にルークと少女は武器に手をつがえていたのをゆっくりと降ろした。ジェイドが微笑む。
「いい子ですねぇ――連行せよ!」
 


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