小説 | ナノ


▽ 一人ぼっちの王子様2


 ローズ邸で再会したジェイドは二日前と寸分変わらず憎たらしい。
 イラついていることが分かっていて、あえてそういうそぶりをしてくるジェイドもなかなか性格が悪い。
 込み入った話をするからとローズ夫人にテーブルを貸してもらい、向かい合って話している。レイは起こった出来事を話した。
 神託の盾の烈風のシンクが何故か親書を持っていて、あえて時間稼ぎをされたこと。取り返すことは出来たが色々疑問点が残ることを伝えた。するとこの内容がジェイドにとっても不可解だったらしくあごに手をあててしばらく黙った。
 ガイのことは話していない。話せば咎められるに決まっているし、後々ねちねちと嫌味を言われるかからかわれる材料になるのは目に見えている。
 それに今も待たせているのだ。それを見られようもんならたまったものじゃない。
「では、もう神託の盾の追っ手は我々の動向を知っていたということですね?」
「ああ、そうだろう。シンクは私たちが別行動をすることを知っていたようだ」
「嫌な予感しかしませんねぇ」
 珍しくジェイドが大きくため息を吐いた。
 事が大きいだけに慎重に事を運びたいが、時間がない。レイも同様にため息を吐きたいが、それ以上に気になることがあった。
「で? お前のほうはどうなんだ? タタル渓谷に異常はあったか?」
 ジェイドは首を振る。
「大きな損害は見られませんでした。敵対行動ではなさそうですね」
「そうか」
 少しばかりほっとしてレイは視線を落とす。これ以上面倒ごとは避けたい。
「そういえばイオン様とアニスは? 宿屋にでも泊まっているのか?」
 ジェイドは手を頭に当てて息を吐く。その様子にレイは首を傾げた。
「それがですねぇ、イオン様が早朝に居なくなってしまったんですよ」
 レイは目を見開く。
「攫われたのか?」
「いえ、恐らくチーグルの森へ行ったのでしょう」
 話が見えずレイは首を傾げる。その様子にジェイドはにっこりと笑った。
「実は最近エンゲーブでは食料泥棒が頻繁に起こっているようでして、恐らく原因はチーグルだろうという話になってイオン様は事件解決のために一人で向かわれてしまったんですよ」
「捜索隊は出さなくていいのか?」
「事を荒立てたくないので私とアニスで行きます。それほど大きな森でもないですしね」
「そうか」
 レイは深く椅子に腰かける。こちらにシンクが来ていたら大ごとになったかもしれない。だか、この様子だとまだこちらに分があるようだ。
「そういえば、気になることをシンクが言っていた」
「どんな?」
「私が秘預言に詠まれてるとか……陛下が亡くなられるということを匂わせていた」
 ジェイドは目を見開き、黙り込む。
 預言とは厄介だ。ゆっくりとしみこむように人を蝕み、犯していく。預言は外れたことなどないから、余計に不穏さを感じるのだ。
「虚偽であった可能性は?」
「ある。が、神託の盾だからな。余計に判別しずらい」
「困りましたねぇ。まぁ、でも今気にしていても仕方ありません」
 そう言ってジェイドは席を立った。つられてレイも席を立つ。動き出すのだろうか。すると玄関のドアが無遠慮に開け放たれる。二日ぶりの癖っ毛ツインテールが揺れるのを見てレイは安堵した。
「大佐! 準備出来ました! 早くイオン様捕まえに行きましょー! ん? はわ、レイじゃん!」
 相変わらずの賑やかぶりにレイは微笑む。
「遅くなってすまないアニス。今からイオン様を保護しに行くんだろう?」
「そーそー、イオン様ったら目を離したすきにいなくなっちゃってー」
「珍しいな、イオン様はそういうことをしなさそうに見えたが」
「ぽやんとしてるけど、すっごい頑固だからさー。チーグルってローレライ教団の聖獣じゃん? だからどうしても助けたいみたいで」
「なるほどな」
 イオン様は優しい方だ。エンゲーブの村人たちが困っているのを見過ごせなかったんだろう。だからといって一人で行かれるのは少々問題なのだが。
「話が終わったようなので、出発しましょうか」
 区切りがついたところでジェイドが話に割り込んでくる。相変わらずの調子にレイは半眼になった。
「お前は、本当に嫌な奴だ」
「嫌なやつで結構です。好かれようとも思っていませんから」
 軽くジェイドが笑う。それをアニスとレイはお互い顔を見合わせて苦笑いした。
「レイも来るでしょ?」
「いや、私はタルタロスに行っている」
 するとジェイドとアニスが意外そうに目を見開いた。
「いっがいー! レイってばお真面目さんだから絶対ついてくるていうかと思った」
「気が合いますね、私もそう思ってました」
 二人して言うのでレイは少し不満げに眉を寄せた。本当はついていきたかったが、ガイとの約束がある。早めに済ましてしまったほうが、いいだろう。
「いつ神託の盾が襲ってくるかわからないんだ。なら、移動手段を確保しておくのは当たり前だろう?」
「まぁ、そうですね。じゃあ、タルタロスは任せました。行きますよアニス」
「はぁーい、大佐。じゃあ、レイも後でね!」
 そして、二人はローズ邸を後にした。
 レイもローズ夫人に頭を下げる。
「場所の提供ありがとうございました」
「いいんですよ王子。それくらい、いくらでもやってやるさ」
 大きく笑くローズにレイも微笑み返す。
 ローズはエンゲーブの世話役だ。なら情報が集まりやすいだろう。ガイの探し人が訪れたかどうかもわかるかもしれない。おずおずとレイは口を開いた。
「そういえば、赤毛の長髪の青年と亜麻色の髪の少女を見ませんでしたか?」
 するとローズは頷く。
「昨日、ここに泥棒扱いされて来た坊やがそんな感じだったね。確かルークと言っていたわ」
 恐らくガイの探し人だろうとピンときた。
「その二人は今どこに?」
「恐らく宿屋じゃないかねぇ。目立つから今日うろついてるのを見てたら誰か言いに来るはずだし」
「そうですか、ありがとうございます」
「彼らが揉め事でも起こしたのかい?」
「いえ、そうではありません。では――」
「はい、お気をつけて」
 レイもローズ邸から去って、まっすぐに宿屋へ向かう。恐らく首を長くしてガイが待っているだろう。それに探し人のあても出来た。ガイは喜ぶだろう。
 
 ***
 
 思った通りガイは宿屋の前でそわそわしていた。レイを見つけると目を輝かして寄ってきた。
「用事が終わったか?」
 レイは頷く。
「ああ、後はタルタロスに向かおう」
「楽しみだなぁ!」
 ガイの足が浮足立っている。それを見て自分がしたことが悪いことではないような気がした。自分の都合で振り回しているのに罪悪感はない。
「そういえば、探し人のあてがあったぞ?」
「ああ、暇なうちに宿屋のおっさんから聞いたよ。確かに俺の探してる奴だろうな」
「知っていたか」
 ガイは苦笑いする。
「一応、やることはしてるんだぜ? これでもな」
「そうか、なら、早くタルタロスへ行こう。探し人がどこかへ行ってしまう前に」
「ああ、そうだな!」
 そして二人は速足でタルタロスへ急いだ。レイはほんの少しだけ胸が痛んだ気がしたが、それが何に対するものなのかわからなかった。


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